さて、本編は終わったわけですが、実は五島くんと白石先生とのお話には続きがあります。・・・と言っても、白石先生は出てきません。
「え~?どうして?」
だって白石先生、死んじゃったじゃないですか。
「ということは、私が元気だったころのエピソードじゃないってこと?」
その通りです。まあ、回想で元気だったころの白石先生が少し出てきますが、それだけです。
「ちぇっ、つまんないのぉ~」
とまあ、年甲斐もなくいじける霊体の白石先生はさておき、アナザーエピソード「野菊の墓に・・・」をどうぞ。


 白石先生の葬儀が一通り終わった時、五島くんはすっかり中身を失って抜け殻のようになってしまいました。
 目指すべき目標であり、密かに将来を共に過ごすパートナーになってもらおうと思っていた、当時の五島くんにとって最も身近でかつ好きだった女性を失ってしまったからです。
「・・・俺はやっぱり、人を愛するべき人間ではないのかもしれない」
一人きりの部屋の真ん中で、五島くんは悲しみにくれながら嘆きました。
 何日も何日も、五島くんは思い出したときに水を飲むだけで、それ以外は何も口に運ばず、ふさぎこんでいました。

 思えば、五島くんが大切に思っていた人たちはみんな、不幸な境遇でその生涯を閉じています。五島くんの母親は言わずもがな、白石先生も不幸すぎるくらいに短い生涯でした。そして、幼馴染のお姉さんも・・・・・・。五島くんにとって、地獄のような日々から解放され、これからやっと平穏な生活が、人並みに幸せな人生が訪れるのだと信じていた矢先のことでした。最悪の日々から解放され、これからは明るい未来が待っていると。もっと不幸になるのではないかと疑うことなく。
 それが、高校生活に入ると、それは夏の夕立のように突然五島くんの身に降りかかったのです。まずは幼馴染のお姉さんの死が、その人の母親の口から伝えられました。その人は当時、大学への進学を機に都心で一人暮らしを始めたのです。そのため、五島くんとその人との関係は疎遠なものになっていました。それが、五島くんが彼女の死を知るのが遅れた原因です。五島くんがそれを知った時、すでに一連のセレモニーは終わっていたのです。あまりの衝撃に何も考えられなかった五島くんですが、どうにか我に返って、線香を上げたいと伝えましたが、その人の母親はかたくなに拒否し続けました。結局五島くんはその人に線香を上げることができませんでした。その後は五島くんの母親、そして白石先生の不幸が、高校生活の3年間で立て続けに起こったのです。

 悲しみにくれる五島くん。それにも疲れて、五島くんはついに体を横にして、目の周りの涙の跡をそのままに、眠りにつきました。
 そして、五島くんは、夢を見ました。

 それは、まだ白石先生のことしか信頼を預けることができなかった中学3年のことでした。
 高校受験を目前に控えた時のこと。すでにカリキュラムをすべて終えていて、基本的に受験勉強に白石先生の授業は充てられていました。その時に、すでに私立高校への進学が決まっていた生徒たちと白石先生が談笑をしていたのです。
「国語の試験に『坊っちゃん』が出てきたんだよ」
生徒の一人のその一言で、話題は近代文学で好きな作品になりました。
「あたしは『吾輩は猫である』が好きだなぁ~」
「俺は『走れメロス』だな」
それぞれ、思い思いの作品を挙げていきます。
「・・・『堕落論』」
「・・・・・・『人間失格』かな」
・・・本当に、思い思いの作品を挙げていきます。
「で、美香ちゃんはどうなの?」
女子生徒の一人が興味に目を輝かせながら白石先生に訊ねます。下の名前で呼ばれるくらい、生徒たちにとって白石先生は親しみのある存在のようです。
「私はねぇ、『野菊の墓』だな、やっぱり」
「墓?・・・なんかすごく暗そう・・・」
「どんな話なの?」
白石先生は『野菊の墓』の大まかなあらすじを生徒たちに教えます。そして、
「結局、二人が結ばれることはなかったのだけど、それでもやっぱり、二人の純粋で淡い思い、そして恋に憧れるのよねぇ」
と、『野菊の墓』がどうして好きなのかを話しました。
 すると、生徒たちの間に沈黙が流れました。
「…?なに?」
不思議そうに首をかしげる白石先生。すると、
「…先生って、意外と乙女なんだね」
と、女子生徒の一人が言いました。白石先生は思わず顔を赤くしました。そして、それを皮切りに、生徒たちが次々と白石先生をはやしたてます。
「もしかして、今まで彼氏とか、いなかったんじゃないの?」
「先生って、うぶなねんねとか?」
「あなたは昔の人ですか!」(白石先生の突っ込み)
白石先生はしどろもどろになったり、突っ込みを入れたりで大忙し。それでも、生徒たちが少し落ち着いてきたあたりで、先生は続けました。
「今は軽い気持ちで恋愛をする人が多いけれど、でもやっぱり、相手を思う気持ちって、大切だと思うのよ。だからこそ、みんなにもぜひ一度、読んでもらいたいし、出てくる二人のことを『青臭い』とか思わずに、その純粋な気持ちを持つことがどれだけ大切なことかを感じてもらいたいの」
「でも、その男の人みたいに一途に思ってもらいたいっていう願いが、先生の本心なんでしょ」
と、せっかく先生がきれいにまとめようとしたのに、一人の女子生徒の言葉がそれを台無しにしました。まあ、『野菊の墓』からはほかにもさまざまな見方ができるのですが、先生はその中の一つである幼馴染の男女の思いに焦点を当てました。・・・もしかすると、先生の本心は、女子生徒の言う通りなのかもしれません。だって白石先生ったら、ため息をつきながら、
「まあね~。あ~、私も『美香さんは、野菊のような人だ』なんて、言われてみたいなぁ~。・・・・・・って、何言わすの?」
と、こんなことを言っているのですから。
「自分で言ったんじゃん!」
「やっぱり先生って、うぶなねんねなんだ」
「こ、こら~!」

 そんな夢を見たのです。そして、その夢は決して非現実の出来事ではなかったのです。
「・・・そう言えば、先生・・・そんなこと言ってたっけなぁ」
五島くんが目を覚ますと、カーテンの隙間からまぶしい光が差し込んでいました。
 何日かぶりに光を目に受けた五島くん。
「・・・結局、『野菊のような人だ』なんて、言えなかったなぁ」
また一つ、ちょっとした後悔を増やしてしまった五島くん。しかし、光を受けたのが効いたのか、すっかり働かせることをさぼってしまっていた五島くんの頭が久しぶりに回り出し、そして一つのことを決意させました。

 四十九日を終えた翌日、五島くんは白石先生のお墓にいました。その表情はお世辞にも明るいものとは言えません。しかし、悲しみにくれた暗い表情でもありません。無味乾燥な表情という表現で通じるのか疑わしいですが、少なくともその目には輝きがあります。

 ここに来るまでの間に、五島くんにとってうれしい出来事がありました。それは、死んだと思っていた幼馴染のお姉さんである浅沼佳世さんが実は生きていたのです。
 ある決意をし、心機一転を図るため、五島くんは卒業式の二日前に、新生活を送る場所を探しまわっていた時のこと、偶然にも街中で浅沼佳世さんに遭遇したのです。五島くんは何度も目をこすりながら佳世さんのことを見て、そのたびに「まさか、でも・・・えぇ?」と信じられないという様子で声を挙げていたのです。不審に思った佳世さんが近付くと、怪訝そうな顔をしているものの、やはり佳世さんそのものだと五島くんは思いました。
「ちょっとあなた、さっきから何なんですか?人の顔をじろじろ見て」
声もやはり佳世さんのものでした。
「佳世ネエ・・・やっぱり佳世ネエ、だよなぁ・・・」
「佳世ネエ?・・・え?もしかして、新ちゃん?」
佳世さんは目を丸くして口に手を当てています。
「え?一体どうしたの?っていうか、本当に新ちゃんなの?」
五島くんはそんな佳世さんの反応に、「やっぱり佳世ネエだ!」と思うと同時に、再会を喜んでいるようには見えないのに疑問を感じました。
「え、うん。新一だけど、え?なに?どうしたん?」
「やっぱり新ちゃん・・・だよねぇ。っていうか、その髪、どうしたの?」
「へ?」
五島くんは全く気付いていなかったのです。悲しみに暮れている間に、すっかり自らの髪が真っ白になってしまっていたことに。
 その後、佳世さんに髪を黒く染めてもらって、卒業式には問題なく出席し、ことなきを得ました。それが、3月中旬のことでした。ちなみに、佳世さんに髪を黒く染めてもらうのは、今でも続いています。

 そんな具合に、五島くんにとって信じられなくかつうれしい出来事があったのです。そのため、五島くんは表情だけでなく、心も暗いばかりではなく、わずかに光がさしているような明るさになっているのです。それが、彼の目に輝きが見られる理由と言えるのかもしれません。
 そして、そんな彼の手にはタンポポがありました。今まさに花を咲かせているタンポポ。
「・・・先生のお墓を野菊でいっぱいにしようと思ったけれど、あれって秋咲きのものが多いんだ。先生の命日に咲くのって、タンポポくらいしかなんだよ。でもまあ、タンポポも野菊の仲間みたいだから、いいよな?」
そう墓石に語りかけると、五島くんは砂利が敷かれていない、土が露出している墓の中、香立ての両脇にタンポポを植えました。
 植え終えると、五島くんは墓石とタンポポに水をくれました。
「先生、タンポポの花言葉、知ってる?・・・・・・『真心の愛』っていうんだ」
五島くんは線香に火をつけて、香立てに納めます。
「まるで、先生そのものを表現しているみたいだよね」
そして手を合わせます。
「・・・もっとも、他にも『思わせぶり』とか『別離』とかもあるみたいだけどね」
(一言多いわよ!)
思わず五島くんはあたりを見回します。あたかも先生に怒られたような気がしたからです。
「・・・気のせいか」
五島くんはホッと胸をなでおろしました。

 一応白石先生の両親に許可を得たうえで、五島くんはこのようなことをしています。どうやら先生の両親も、先生が野菊を好きなのを知っていたようで、「砂利を敷き詰めるんじゃなくて、もっとこう、美香みたいに明るい墓にしたい」と思っていたようです。
 また、五島くんも花を植えるだけでなく、お墓に足しげく通い、花が種に変わるとそれを取って、時期が来たらそれを墓全体にまきました。そして、一周忌のときには、墓がタンポポでいっぱいになり、一際明るいお墓になりました。


 こうして、白石先生のお墓は、文字通り「野菊の墓」になったのです。もっとも、タンポポも野菊に含むとしたらの話ですが、一応タンポポも菊の仲間なので、問題ないはずです。
 そして、お墓も花言葉的にも、先生は「野菊のような人」であり、五島くんは先生に直接その言葉を言う代わりに、その行動でそのメッセージを先生に伝えたのでした。そんな五島くんの気持ち、あの世の先生にももしかしたら伝わっているのかもしれません。



 純粋な気持ちを伝えてくれた五島くん。先生はそれを見て・・・・・・。

「あ~ん、もう!五島くんったら、やさしいところあるぅ~!もう、大好き~!」

 ・・・感動的なはずの締めを台無しにしてくれたのでした!