先生の容態は、思ったほど安定しており、比較的元気な状態で年を越すことができた。
「お雑煮食べられなくて残念だったね」
五島は、味の薄い院内食を食べる先生に言った。
「・・・別にいいよ。もう飽きるくらい食べたし」
先生はそう強がってみせたが、やはりどこかさみしそうであった。
「・・・伊達巻くらいは食べたかったな」
「ハハ、そんなこと言えるくらいなら、まだ当分長生きできるよ」
先生がムッとして五島を睨むが、五島は気にしなかった。

 その後、先生は一般病棟に移されることになった。これは、先生の強い要望でもあった。どうせ回復しないのなら、せめて他の人が気軽に来ることができるように、個室でもいいから一般病棟に移りたいと訴えたのである。死を目前にした患者の最後の願いを叶えて欲しいと言葉を添えたところ、病院側は特例として、先生は部屋と設備を滅菌処理した個室に移されることになった。面会に来る人に対しては全身の消毒を義務付けることに変わりはなかったが、無菌室よりも病院の入口に近い個室に移されたことで、五島を含めて面会に来る人はだいぶ楽に面会できるようになったと感じられた。
 そしてそれは何よりも、先生をホッとさせた。無菌室だと外の音が完全に遮断されるため、テレビなどで音を作り出さないと、あとは自分の呼吸する音、脈拍、そして心拍数を計測する医療機器の電子音と、蛍光灯に流れる電流の音くらいしか聞こえないのである。人の声は全く聞こえない。先生にはそれがたまらなくさみしかったのである。個室とはいえ、一般病棟に移ったことで、院内の喧騒を耳にすることができるようになり、先生は孤独感を感じずに済むようになった。これが先生にとっては何よりもうれしかった。
「どう?一般病棟での入院生活は」
「うん、格段にいいわね」
五島の質問に、先生は本当にうれしそうに答えた。
「やっぱり、何も音がしないのって、つまんないし、さみしいのよね~」
先生は体を伸ばしながら言った。

 さみしいのが嫌いだという先生は、入院前の五島の家での生活のときも、掃除や洗濯といった家事以外では、食材などを買いに出掛けたりして過ごしていたという。そして、五島との関係を親戚と偽って、近所の人とも交流をしていたらしい。さすがに、元教え子の家に元担任が一緒に住んでいると正直に言うと、あまりに不自然で違和感があるため、その辺は最低限の嘘で繕った。
 しかし、入院する少し前から、買い物に出掛けることが辛くなり、ひいては近所の人と話をすることさえも苦労するようになったという。その頃が一番辛かったのだそうだ。その理由は、確かに体力的なものもあるが、五島が学校に出かけている日中において話し相手がいないというさみしさの方が勝っていた。
 入院直後の無菌室での生活でも、そのさみしさが付きまとっていた。確かに、五島や彼のクラスメートが面会に訪れてくるときは楽しいのだが、それ以外の時間は孤独であった。外からの音も、菌の侵入を防ぐという理由で何重にも張られたガラスや扉のせいで全く入ってこない。ゆえに、無菌室の中は、まるで別の次元だと錯覚するくらいに外界から隔離されているようなものであった。これが、先生の孤独感を一層際立たせた。
 そして一般病棟であるが、外の音が部屋の中にも届くので、部屋に一人きりでいても、外には大勢の人がいることが感じられ、別世界にいるという錯覚をすることがないだけ、孤独感は薄らいだ。加えて、年が明けたことで、五島は学校に週に1度だけ通うことになった。これは、大学受験の日程を考慮したもので、加えて2学期の段階で高校で必修となるカリキュラムを全て終えていることもあり、3年の3学期はいわば消化試合みたいなものであった。そのため、五島は毎日面会時間一杯、先生と一緒に過ごしていた。話題があるわけでもなく、ただ単に一緒にいるだけということもあったが、それでも少なくとも五島にとっては満足であった。先生には物足りなかったのかもしれないが、少なくともさみしさだけは紛れたであろう。五島と先生の、そんな何気ない日々は続いた。

 しかし、長くは続かなかった。2月下旬に、先生の容態が急変したのである。どうやら、細心の注意を払っていたにもかかわらず、菌の侵入を許してしまったらしく、先生はインフルエンザに侵されてしまったのである。白血病で抵抗力が弱い状態であるため、非常に危険なことは間違いない。
 先生は再び無菌室に運ばれた。しかし、これといって治療は行なわれなかった。厳密に言うと、行うことができなかったのである。薬を使ってインフルエンザ菌を駆逐することができても、白血病にも侵された先生の体が耐えられない。手の施しようがない。運を天に任せるしかないのである。

 先生のこん睡状態は1日あまり続いた。五島は特別に、面会時間外も付き添うことが許された。そして、その横には先生の両親もいた。

 先生の両親とは、先生が入院し始めたときから会うようになっていた。そして、先生の両親は五島がどういう人であるのかを、先生からあらかじめ聞いていたということもあり、先生と五島が共同生活を送っていることも知っていた。ただ、先生の両親は五島のことを、先生の彼氏だと思っていたようで、最初はあまりいい態度を取られなかったが、本当に先生と教え子という関係で過ごしていたことがわかり、次第に両親の態度は改まっていった。そのとき五島は、「一線を越えてなくて、本当に良かった」と心底思ったという。
 そんな先生の両親と五島は、寝ずに先生の容態を見守っていた。

 そして、先生の両親が体力的に辛くなり、仮眠室で休むと言い残して無菌室を後にすると、五島は先生の眠る病床の布団に顔を埋めた。
「・・・俺、まだ先生に伝えてないことがあったんだ。せめて一瞬でもいいから、意識を取り戻して欲しい・・・」
すがるような声で、五島はつぶやいた。

 顔を埋めている布団は少しばかり湿っていた。気がつくと、後頭部に何かが載っているようであった。どうやら五島は少し眠っていたようであった。そして、いつの間にか先生の手が五島の頭に載せられていたのであった。
「・・・先生?」
少し寝ぼけたような声で訊ねる。すると、
「・・・目が覚めた?」
先生が訊ねた。呼吸器をつけているため、声がくぐもっている。
「・・・それは、こっちの台詞だよ。先生こそ・・・目が覚めたんだ」
「だって、今は朝でしょ?」
五島は時計に目をやる。確かに、朝といえば、朝である。日の出はまだしばらく先だが。
「・・・そうだね」
五島は答えた。そして、しばらくの沈黙の後、五島は今まで言えなかったことを、やっと口にした。


 先生。俺、先生には本当に迷惑ばかりをかけてきたね。中学のとき、俺は人を信じることができなかった。それは先生に対しても同じだった。今まで、きれいごとばかり並べていながら、実際は俺のことを白い目で見ていた教師もたくさんいたから。
 でも、先生は違った。中3のときに初めて出会ったけれど、それからの1年間は、本当に俺のためにわざわざ時間を作ってくれて、俺にいろいろなことを話しかけてきてくれた。毎日毎日、学校のある日は、必ず放課後に時間を作って、俺のために使ってくれた。俺はあの頃、先生にはそっけない態度を取っていたけれど、1学期が終わる頃になると、先生と一緒にいる時間が少しだけ楽しみになっていたんだ。今日はどんな話をするのだろうとか、今日はどうやって先生のことをからかってやろうかなとか・・・。
 けれど、先生との話は楽しみだったけれど、クラスメイトに対しては、やっぱり話をする気にはなれなかった。これは先生の力不足だったわけじゃなくて、中学のクラスメイトにはあまりいい印象を持ってなかったんだ。1年の頃、当時の3年が俺にけんかを売ってきたんだ。初めは俺に対する侮辱だったけれど、いつしかその対象は俺の母親に対するものになっていた。そして、その3年というのが野球部の当時の部長とかで、同じクラスにいた人間も、野球部の連中を中心に、俺の母親のことを侮辱し始めたんだ。結局俺は、その3年を・・・痛めつけたけれど、そのときの記憶があって、クラス替えでクラスメイトの構成は変わっても、同級生を信じることができなかったんだ。状況が変わるといとも簡単に手のひらを返すような人間だっていう意識が強いから。
 その意識は、結局高校に進んだ後も続いていた。それでも、高校では初めて顔を合わせる人が多かったから、多少は自分から人に話しかけるようになっていた。ただ、その頃は母親の容態が悪かったから、クラスメイトとのふれあいどころではなかったんだ。それに、母親の願いもあって高校に進んだから、勉強だけはしっかりとやろうと、授業には真面目に取り組んで、それ以外のことには一切関わらなかった。
 でも、それが変わったのは、母親が死んで、先生が俺の元にやってきた頃だったんだ。先生が無理やり一緒に生活するように取り計らってくれたおかげで、母親を亡くしたことに対する辛さを紛らわすことができたし、何よりも先生がいてくれたおかげで、心に余裕ができた。先生がやってくれたことは、炊事・洗濯・掃除の家事全般だったけれど、それをしてくれたおかげで、俺自身に余裕ができたんだと思う。まるで、本当の母親と一緒に暮らしているときにできるような心の余裕が・・・。
 それからだった。俺はクラスの中にも目を向けるようになり、そして青井雄太や早崎綾みたいに仲の良いクラスメイトができた。今では俺が信じることのできる友人になった。
 そうなんだ、今の俺があるのは、きっかけかはともかくとして、中学を卒業した後もこうして俺のことを気にかけてくれた先生がいてくれたからなんだ。これだけお世話になっておきながら、感謝の思いを一言で伝えようとするのもおこがましい気もするけれど、やっぱりこれ以外に言葉が思いつかないから、嫌がらないで聞いて欲しい。

 先生、今まで本当にありがとう。


 五島は感謝の言葉を言い終えると、先生の顔を見つめた、先生の頬には大粒の涙が流れていた。しかし、悲しいからではなく、うれしいからであることは、その表情からわかる。そして、五島自身も、謝辞を述べている内に、目に溜まった涙がこぼれていた。
 すると先生は、五島に手招きをした。五島は先生に体を近づけると、先生は五島の体に抱きついた。先生は何も言わなかった。けれど、その行動が先生の思いをしっかりと表現していた。先生は五島のことを抱くのをやめると、そのまま笑みを浮かべながら、
「私こそ、ありがとう・・・好きだったよ」
と、霞のような声で言った。
「・・・俺も、好きだったよ」
五島は、最大限の笑顔を先生に見せた。先生もそれに呼応して、満面の笑みになった。
「・・・もう夜だ。そろそろ寝るわね」
先生はそう言うと、目だけが笑みから眠りに変わった。
「おやすみなさい・・・・・・しん・・・い・・・ち」
先生は口元で笑みを作ったまま、眠りに就いた。五島はその様子を見つめて、涙を流しながら、
「ああ、おやすみなさい、美香」
と声を掛けた。その声が先生に聞こえていたのかどうかは、五島にはわからなかった。

 2006年2月24日午前5時13分、白石美香は息を引き取った。26歳という若さであった。