「・・・それで、先生は俺の“母親代わり”になるとおっしゃいましたが・・・」
「五島くん。私はあなたの母親代わりになったのだから、こういうかしこまった話し方はやめてくれないかな?」
先生は笑顔で苦言を呈した。
「・・・はあ、すぐには慣れないと思うけれど、努力します」
五島の話し方が少しばかり崩れた。
「それで、“母親代わり”の件なんだけど。今朝は詳しいことを聞きそびれてしまったんですが、具体的には何をするのです・・・かな?」
「・・・」
先生は苦笑した。五島は先生に言われたとおり、かしこまった言い方にならないように気をつけたのだが、結果的に変な話し方になってしまった。
「・・・やっぱり、いつもどおりの話し方でいいよ」
先生は五島にそう告げた後、質問に答えた。
「もちろん、一緒に暮らすわよ」
シレッと言う先生とは対照的に、五島は狼狽した。
「で、だ・・・ど・・・」
「母親と息子が一緒の家に暮らすことは自然でしょ?」
「・・・も、・・・ぎゃ・・・」
五島は言葉を繕うことができない。
「それにほら。一緒に暮らせば、こうして常に部屋をきれいにしておくこともできるし、おやつだってほら」
そう言って、先生は電子レンジから完成したホットケーキを取り出して、五島の前に差し出した。
「バターとかは自分でつけてね。どれくらいが好みかわからないから」
五島は言葉を失ったまま、コクリとうなずいて、ホットケーキを食べ始めた。
「あ、そうそう。お風呂はどうする?」
五島はほおばったホットケーキを吹き出してしまった。
「な、ななな」
五島の動揺は激しかった。
「何慌ててるの?湯船にお湯を張るかどうかを訊いてるのに」
「は?・・・あ、ああ、そういうことか」
五島は冷静を繕おうとした。
「・・・まさか、私と一緒に入るかどうか訊いてると思ったの?」
図星であった。五島はびくりとしてしまった。これではごまかしようがない。
「五島くんって、結構・・・」
「ち、違うって。そうじゃないんだって。質問の意味が理解できなかったんだって。べ、別にへんなこと考えてたんじゃないんだって」
「慌てちゃって・・・、結構かわいいところあるのね」
五島は顔から火が出ているのではないかと思うくらい、汗が噴き出すほど顔が熱くなるのを感じた。
「とりあえず、これだけ汗かいちゃってるんじゃ、お湯は張ったほうが良さそうね」
そう言って、先生は浴室に向かった。五島はうつむいて、ホットケーキを口に再び運び始めた。
 先生が浴室から戻ってくる頃には、五島も冷静さを取り戻していた。そして、先生の姿を改めて目にしたとき、今朝との変化に気がついた。確か今朝の服装は、白のブラウスに紺色のスカートという、どこかの屋敷のお嬢様という服装であったはずだが、今は殴り書きの英語で何かメッセージが書かれているTシャツにおしりが見えそうなくらいのジーンズの短パンという服装である。足元も、今朝は黒のストッキングをはいていたと思うが、今は何も身につけていない。
「どうしたの?そんなにじろじろ見て」
先生は目を細めて、怪訝そうな顔をして五島に訊ねた。その目は、五島の何かを見透かしているかのようである。
「べ、別にじろじろ見てなんてないよ」
「慌てて否定するところが怪しい」
「うぐっ!」
五島は言葉をつまらせた。
「ま、高校生だし、そういうのに興味がある年頃だろうから、仕方ないけどね」
先生はそう言って、床に座った。五島は目のやり場に困ってしまう。
「それとも、一線を越えてみる?」
「ば!」
五島は慌てて何かを叫ぼうとしたが、動揺のあまり叫び損ねた。すると先生はクスッと笑って、
「冗談よ」
と言った。
「母親と息子が一線を越えるわけなんて、ないでしょ」
先生はそう言うと、晩御飯の支度をするといって、台所に向かった。


 どうやら、先生は本気で、俺と一緒に暮らすらしい。いや、もう始めているつもりのようだ。何だかんだで、俺が拒否する暇を与えずに、共同生活をすっかり楽しみ出している。・・・もっとも、俺にとっては心臓に悪い共同生活であるのだが。
 とはいえ、これまで一人でやっていた家事や掃除の手間が省けることを考えると、この共同生活はいいものかもしれない。実際、今日出された課題の量が半端なものではなく、家事をしながら全部済ませるにはつらいところがあった。先生のおかげで勉強に集中できる。・・・なんだ。俺にとっては迷惑どころか、願ったり叶ったりだったじゃないか。まあ、集中できるかっていうと、正直自信ないけれど。
 とりあえず、先生が言い出したことだし、俺も先生の申し出・・・というか、半ば強制的なものではあったのだが・・・、それにしたがって、共同生活とやらを楽しんでみるか。先生に対して理性を切らさないようにするという対価を支払いつつ・・・。


 ふふっ。どうやら私の「お色気作戦」は成功したみたいだわ。五島くんって、根はまじめだから、私が共同生活を申し出ても、絶対に断ろうとするもの。でも、断る隙を与えずに、共同生活の流れを作り出して、それに巻き込んでしまうことで、五島くんに共同生活をうやむやのうちに認めさせてしまえばいいだけのこと。その作戦の最終段階が、この「お色気作戦」だったわけ。五島くん、人との関わりがそれほど多くないから、この手の作戦にはめっぽう弱いはず。そして、その予想は見事に的中!ちょっと肌の露出を増やしただけでも効果はあったけれど、そこにさらに誘惑染みた挑発を加えることで、もう五島くんはある意味で私のとりこ。ここまでくれば、もう拒否なんてしないはず。なぜなら、翻弄されるにされて、人とのかかわりが希薄な五島くんの場合、抵抗する気力がなくなってしまうから。
 それに、一人ぼっちになっちゃって、やっぱりさみしいと思う。そんな五島くんだから、むげに拒絶しないと思ったんだけど、どうもそれも今回の作戦成功の要因の一つ見たいね。
 ああ、でも、これで五島くんが私のことを、本気で求めてきたらどうしよう。・・・まあ、年下も、悪くはないわね・・・。・・・・・・うん、年下・・・ねえ・・・。

 こうして、双方の思惑が現れつつ、五島と白石先生の、擬似親子としての共同生活が始まったのであった。