「一体、どういうことなんですか?」
母親の祭壇の前で、五島と白石先生は向かい合って座っている。
「だってほら、五島くん。あなたは今、他に身寄りがないでしょ。ってことは、一人暮らしでしょ。大変よ、高校生の一人暮らしは」
白石先生は同居する説得を試みるが、
「いや、もうその点は慣れてるんですが」
と、あっさりかわされた。
「ここ2年くらい、勉強と家事を両立してましたから、問題ないかと・・・」
「それが大有りなのよ!」
白石先生は真面目な表情になる。五島は思わずたじろく。
「あなた、これから大学に進むでしょ。そうなると、これから先は今まで以上にがんばって勉強しなければならなくなるわ。ってことは、どうなるかわかるでしょ?」
「・・・どうなるんですか?」
五島はあえて訊ねた。先生がこの後何と言うかはある程度想像できたが、それでもあえて判らないふりをして訊いた。
「家事がおろそかになるわ」
やっぱり・・・と、五島は思った。ただ、この先は予想を少し超えていた。
「昨日、台所を見た限りでは、あなた基本的に、コンビニやスーパーの弁当でご飯を済ませているわね。あとはインスタント食品。こういうのに依存するのはね、あなたの体に良くないことなのよ。それに、掃除もあまり行き届いていないみたいだし」
たった1日、それもほんのわずかな時間だけ、白石先生はこの部屋にいたはずなのに、ここまで五島の生活の実態を見破っていたとは。先生は人差し指を立てて、諭すように言う。
「いい?五島くん。世間では『仕事と家庭の両立』なんて言っているけれど、そしてそれがさもかっこいいように言われているけれど、基本的にそんなことはできません。時間的な制約があるためで、必ずどこかで何らかの作業をおろそかにしています。ご飯を作る時間がないからコンビニの弁当で済ませてしまおうとしたり、掃除をどんどんと後回しにしてしまったりといった、今のあなたのようにね。体の成長がすでに止まっている大人ならともかく、あなたはまだ体が成長しています。成長期にそういった生活を送るのは好ましくありません」
五島は圧倒されて、うなずきながら聞いていた。
「そういうことなので、今日から私は、あなたの母親代わりになります!」
先生はそう宣言した。五島はうなずきかけたが、寸前のところでしなかった。
「・・・って、ちょっと待ってくださいよ!だって、学校は?」
「ん?・・・ああ、学校ね。やめたわ」
「やめた?」
五島は声を上げて訊き返した。
「うん」
「な、何でですか?あんなに先生の仕事一生懸命やってたのに・・・」
五島の疑問は当然である。先生の仕事の熱心さは、五島が一番よくわかっているからである。
「う~ん、そうねぇ・・・」
先生は人差し指をあごに当てながら目線を上げる。どことなく、その理由を考えているかのようである。
「何ていうかぁ~、・・・嫌になっちゃった」
「へ?」
真面目な白石先生とは思えない理由に、五島は脱力した声を出した。
「だってぇ~、私のいうことなんて全然聞いてくれないし~、挙句の果てには私のスカートをめくってくるのよ。『何ンチ学園』だって感じよ!それとも、私に『イヤ~ン、まいっちんぐ!』とでも言ってほしいのかしら」
これまでの先生とは似ても似つかない言動に、五島は唖然とし続けた。
「・・・とまあ、そんなこんなで、学校は辞めました」
コホンと咳をしてから、先生はそうまとめた。
「・・・冗談・・・ですよね?」
五島は未だ信じられない様子である。
「だから、本当だってば」
五島は目が点になってしまっている。
すると、先生は、
「ほら、五島くん。早くしないと、学校に遅れるわよ!」
と、時計を指差した。午前7時30分。五島の高校までは電車を利用して50分ほど。そろそろ家を出ないと遅刻である。
「まずい!今日は学校に行く日だった!」
五島は慌てて立ち上がり、パジャマを脱ぎ始めた・・・が、すぐに再び穿いた。
「・・・先生、ちょっと部屋出ててください」
「・・・はいはい」
先生は背中を押されながら返事をした。
その日五島は高校から膨大な量の課題が出された。母親の容態悪化からずっと休学し、それがかなりの日数になっていたのだが、教員の計らいで、この課題をすべてやることで進級できるようにしてくれるという。五島の家庭事情と勉強への姿勢の良さで、こうした特例を認めてくれたのである。
「それにしても、提出期限が月曜って・・・。明日も金曜で学校があるし・・・」
五島はこの2連休が課題への取り組みで見事に潰れることを覚悟した。
「それと・・・」
五島の懸念材料はもう一つあった。それは白石先生である。「母親代わりになる」なんて言っていたけれど、まさか本気ではあるまい。
「そりゃあ、冗談っぽく言っていたけれど、中学校を辞めたことは確かだろう。そういう嘘をつくような人じゃないし。でも・・・」
本当に母親代わりになるつもりなのだろうか。
五島はその「母親代わり」というのがどういうものであるのかが気になった。近所に住んでいると言っていたが、ご飯を作って持ってきてくれる程度のことなのだろうか。それくらいであるのなら助かるのだがと、五島は思った。けれど、先生の口ぶりが、五島にはまるでこれから同居すると言っているように感じられた。いくら元先生と元教え子という関係であっても、今は男と女である。高校生で同棲じみたことになるのはどうかと思う。果たして・・・。
「ま、考えても仕方ないか」
五島はそう思うことで、白石先生の言動を考えることをやめた。結局、人生なるようにしかならない。あがいても無意味だ。これまでがそうだった。そうだ、レット・イット・ビーだ。五島は気を持ち直して、家へと急いだ。
そして、家に着いた。
「こうしてドアを開けると・・・あれ?開いた」
鍵が掛かっていないことに五島は違和感を覚えたが、思い返してみると、今朝家を出るとき、鍵をかけた覚えがない。不用心とは思いながらも、「なら、開いて当然か」と納得し、そのまま家に入っていった。
「こうして家の中に入ると、そこに先生の姿なんて・・・あったりして」
「おかえりなさぁ~い」
明るい声で、白石先生が思わず苦笑する五島を出迎えた。
(後編へ続く)
母親の祭壇の前で、五島と白石先生は向かい合って座っている。
「だってほら、五島くん。あなたは今、他に身寄りがないでしょ。ってことは、一人暮らしでしょ。大変よ、高校生の一人暮らしは」
白石先生は同居する説得を試みるが、
「いや、もうその点は慣れてるんですが」
と、あっさりかわされた。
「ここ2年くらい、勉強と家事を両立してましたから、問題ないかと・・・」
「それが大有りなのよ!」
白石先生は真面目な表情になる。五島は思わずたじろく。
「あなた、これから大学に進むでしょ。そうなると、これから先は今まで以上にがんばって勉強しなければならなくなるわ。ってことは、どうなるかわかるでしょ?」
「・・・どうなるんですか?」
五島はあえて訊ねた。先生がこの後何と言うかはある程度想像できたが、それでもあえて判らないふりをして訊いた。
「家事がおろそかになるわ」
やっぱり・・・と、五島は思った。ただ、この先は予想を少し超えていた。
「昨日、台所を見た限りでは、あなた基本的に、コンビニやスーパーの弁当でご飯を済ませているわね。あとはインスタント食品。こういうのに依存するのはね、あなたの体に良くないことなのよ。それに、掃除もあまり行き届いていないみたいだし」
たった1日、それもほんのわずかな時間だけ、白石先生はこの部屋にいたはずなのに、ここまで五島の生活の実態を見破っていたとは。先生は人差し指を立てて、諭すように言う。
「いい?五島くん。世間では『仕事と家庭の両立』なんて言っているけれど、そしてそれがさもかっこいいように言われているけれど、基本的にそんなことはできません。時間的な制約があるためで、必ずどこかで何らかの作業をおろそかにしています。ご飯を作る時間がないからコンビニの弁当で済ませてしまおうとしたり、掃除をどんどんと後回しにしてしまったりといった、今のあなたのようにね。体の成長がすでに止まっている大人ならともかく、あなたはまだ体が成長しています。成長期にそういった生活を送るのは好ましくありません」
五島は圧倒されて、うなずきながら聞いていた。
「そういうことなので、今日から私は、あなたの母親代わりになります!」
先生はそう宣言した。五島はうなずきかけたが、寸前のところでしなかった。
「・・・って、ちょっと待ってくださいよ!だって、学校は?」
「ん?・・・ああ、学校ね。やめたわ」
「やめた?」
五島は声を上げて訊き返した。
「うん」
「な、何でですか?あんなに先生の仕事一生懸命やってたのに・・・」
五島の疑問は当然である。先生の仕事の熱心さは、五島が一番よくわかっているからである。
「う~ん、そうねぇ・・・」
先生は人差し指をあごに当てながら目線を上げる。どことなく、その理由を考えているかのようである。
「何ていうかぁ~、・・・嫌になっちゃった」
「へ?」
真面目な白石先生とは思えない理由に、五島は脱力した声を出した。
「だってぇ~、私のいうことなんて全然聞いてくれないし~、挙句の果てには私のスカートをめくってくるのよ。『何ンチ学園』だって感じよ!それとも、私に『イヤ~ン、まいっちんぐ!』とでも言ってほしいのかしら」
これまでの先生とは似ても似つかない言動に、五島は唖然とし続けた。
「・・・とまあ、そんなこんなで、学校は辞めました」
コホンと咳をしてから、先生はそうまとめた。
「・・・冗談・・・ですよね?」
五島は未だ信じられない様子である。
「だから、本当だってば」
五島は目が点になってしまっている。
すると、先生は、
「ほら、五島くん。早くしないと、学校に遅れるわよ!」
と、時計を指差した。午前7時30分。五島の高校までは電車を利用して50分ほど。そろそろ家を出ないと遅刻である。
「まずい!今日は学校に行く日だった!」
五島は慌てて立ち上がり、パジャマを脱ぎ始めた・・・が、すぐに再び穿いた。
「・・・先生、ちょっと部屋出ててください」
「・・・はいはい」
先生は背中を押されながら返事をした。
その日五島は高校から膨大な量の課題が出された。母親の容態悪化からずっと休学し、それがかなりの日数になっていたのだが、教員の計らいで、この課題をすべてやることで進級できるようにしてくれるという。五島の家庭事情と勉強への姿勢の良さで、こうした特例を認めてくれたのである。
「それにしても、提出期限が月曜って・・・。明日も金曜で学校があるし・・・」
五島はこの2連休が課題への取り組みで見事に潰れることを覚悟した。
「それと・・・」
五島の懸念材料はもう一つあった。それは白石先生である。「母親代わりになる」なんて言っていたけれど、まさか本気ではあるまい。
「そりゃあ、冗談っぽく言っていたけれど、中学校を辞めたことは確かだろう。そういう嘘をつくような人じゃないし。でも・・・」
本当に母親代わりになるつもりなのだろうか。
五島はその「母親代わり」というのがどういうものであるのかが気になった。近所に住んでいると言っていたが、ご飯を作って持ってきてくれる程度のことなのだろうか。それくらいであるのなら助かるのだがと、五島は思った。けれど、先生の口ぶりが、五島にはまるでこれから同居すると言っているように感じられた。いくら元先生と元教え子という関係であっても、今は男と女である。高校生で同棲じみたことになるのはどうかと思う。果たして・・・。
「ま、考えても仕方ないか」
五島はそう思うことで、白石先生の言動を考えることをやめた。結局、人生なるようにしかならない。あがいても無意味だ。これまでがそうだった。そうだ、レット・イット・ビーだ。五島は気を持ち直して、家へと急いだ。
そして、家に着いた。
「こうしてドアを開けると・・・あれ?開いた」
鍵が掛かっていないことに五島は違和感を覚えたが、思い返してみると、今朝家を出るとき、鍵をかけた覚えがない。不用心とは思いながらも、「なら、開いて当然か」と納得し、そのまま家に入っていった。
「こうして家の中に入ると、そこに先生の姿なんて・・・あったりして」
「おかえりなさぁ~い」
明るい声で、白石先生が思わず苦笑する五島を出迎えた。
(後編へ続く)