五島にとっての高校生活は、ほぼ中学の頃の延長であった。同じクラスになった学生と多少は会話をするようになったものの、自分から話しかけることはほとんどなく、口数の少ないおとなしい学生という印象を与えていた。中学のときと劇的に変わったことといえば、家のこと、とりわけ母親のことを侮辱されたときに見せる凶暴さが影を潜めたことくらいである。もっとも、高校生にもなると、子ども染みたからかいをする者はあまりいない。ましてや、五島の境遇を知る者は、五島と同じ中学に通っていた者くらいであるし、そういった者は五島に関する噂をほとんど口にしなかったからである。それゆえに、五島の周りでは、比較的大人な態度をとる学生が多かった。
そしてもう一つ、五島の劇的な変化が、学業への姿勢で見ることができた。ある夢を持つ五島は、高校の授業とともに、放課後に行なわれる中学の内容の復習にも臨み、みるみるうちに成績を伸ばしていった。それは全教科で見ることができ、平均的な成績であったのは体育と芸術、家庭に情報といった、受験にあまり関連性のないものばかりであった。もっとも、生活するうえでは必要な教科がおろそかになっているところが否めないが。
そんな五島。学業以外にも、家に帰ればご飯の支度と風呂の準備などをする。洗濯は休日にまとめて済ませるとして、朝ごはんの準備もしなければならない。そして極めつけは、母親の面倒を見なければならない。体を壊し、日に日に衰弱する母親は、立ち上がることこそできるものの、用を足すことくらいしかできず、風呂に入るのも一人では辛いくらいにまでなってしまっていた。そのため、予習と復習は学校の空き時間を使うしかない。家では勉強する暇はほとんどないし、ついでに言うと、部活も当然できないのである。
「ほら、お袋、背中出して。体拭くから」
五島は母親の背中だけ拭き、あとは母親に体を拭かせた。全身を拭くのに、やはり男である五島には抵抗が大きすぎるためだ。母親もそのことがわかっているため、「どうせなら、全身拭いてくれればいいのに」と文句を言うものの、決して本心ではないし、無理強いもしない。
五島は母親の背中を拭くたびに、複雑な思いをする。母親の背中が老いと労苦で相当くたびれているのを目にするからである。確かに、年齢的に老けていてもおかしくはないのだが、地獄のような8年間の苦労ゆえか、いたるところに傷が残り、肌もボロボロであった。ここまで母親が自分を犠牲にしていたのかと思うと、五島は母親に対して尊敬に似た思いを抱くとともに、逃げ出すこともできずに耐えるしかなかったことに対して同情し、そんなになってなおもこうして生き続けていることに愛しさと感謝の思いを持っていた。
自分だったら、何もできないことを理由に、さっさと自ら人生に幕を下ろしているだろうと、五島は思っていた。しかし、それは自分勝手な行為である。結局、その行為に至る動機は、自分しか見つめていないことに起因するからである。一見、何もできない自分がいることで周りに迷惑が及んでいるということで、そんな自分がいなくなれば周りへの迷惑が消えるため、利己的ではなく周囲のことを思っての行為のように感じられる。
しかし、五島の母親の場合は違う。確かに、五島の仕事はほかの高校生に比べて倍以上に増やしてしまっている。勉強以外に家事もやることになってしまっている。だが、これは五島自身が望んだことである。確かに、「高校に行かないと許さない」と言ったのは母親である。しかしそれは、五島の本心が高校に行きたいことを知っていたために、母親自身のわがままとして五島に高校に行かせたという節がある。世間体など気にしていない。もし気にしていたら、五島を残してさっさと舌をかんで苦痛とともにこの世に別れを告げている。しかし、8年に亘る監禁生活を強いられた身である以上、世間体など無意味である。今更回復のしようがない。それに、そもそもそんなこととは関係無しに、母親は五島に高校進学を決意させた…。
それは、息子の新一が中学3年に進級してしばらく経ったときのことであった。ある日から突然、新一がある人物のことをしきりに話すようになったのである。
新一の話によると、それは「白石先生」という人物で、この4月に教師になったばかりの新米なのだという。どんな人かは、体の調子が芳しくなかったために一度も会うことはなかった。けれど、新一が「白石先生」の話をするときは、どういうわけかいつも顔がほころんでいた。
「今日は先生から面白い話を聞いたんだ」
「今日は先生がドジ踏んで、面白かった」
「今日は雨漏りしてる教室で授業をしてたんだけど、天井から垂れてきた雨水が先生の背中に落ちてきて、『ひゃあ!なに!』って叫んで慌ててた。8つくらい年上なのに、妙にかわいいって思った」
「今日の先生は珍しく髪を後ろに縛っててポニーテールを作ってたけど、女子には評判悪かった。男子には好評だったけど。まあ、俺は先生だったら、よほど奇抜な髪型じゃない限り、似合ってると思うけどね」
日に日に、新一が話す「白石先生」の話は詳しいものになっていった。
そんなあるとき、新一はポツリと言った。
「俺、いつか先生みたいになりたい。そりゃあ、先生と全く同じになることはできないけど・・・。でも、人を信じることができなかった俺が、少しずつ人を信じることができるようになったのは、先生がいたからなんだ。だから俺は、世の中には信用できない大人も多いけれど、信用できる大人もまた、ちゃんとどこかにいるってことを、教えたい」
私は、この新一の呟きが、妙に印象に残っていた。その理由は、何となくわかっている。新一は、母親の私にもなかなか本音を話さない。けれど、何かの拍子にこうして思っていることを口にすることがある。つまり、このつぶやきこそが、新一の本音なのだ。油断すると聞き逃しそうな話し方をするときは、決まって新一にとって大事なことが話されているのだ。母親の私だからわかるのだ。
それゆえに、私は無理強いをしてでも、新一に高校に進むように言ったのだ。新一のことだから、私に気を遣って高校に行かないと本気で決めてしまうから。心の底まで決めていないうちに、そうやって釘を刺したおかげで、新一は高校に進むことを決めてくれた・・・。
そんな母親の五島への思いは、生き恥をさらしてまでも、五島のために生き続けようというその意思でわかった。実際、息子に迷惑ばかりかけているだけというのは、母親にとっては地獄以上の辛さがあった。しかし、敢えてこうして生き続けているのは、それが五島にとっての救いになっているからである。
実は、五島は知らないが、母親はかねてから、死を決意していた。再婚してから約1ヵ月後から始まった虐待と陵辱の日々。もう何度死のうと思ったのか、母親は覚えていない。思えば、死を決意しては、息子の顔が目に入り、それを思いとどまっている。それを毎日のように繰り返していた。
そして、それはふとしたきっかけで地獄のような日々から脱することができた後も続いた。衰弱しきった体で何もできず、高校進学を息子にさせたくせに、自分では何もできないという不甲斐なさに、母親は全く苦悩しなかったわけではない。息子のいない間に、一思いに命を絶とうと何度も決意しては、それを思いとどまっていたのである。
だが、母親はあることをきっかけに、自殺を完全に思いとどまった。
そしてもう一つ、五島の劇的な変化が、学業への姿勢で見ることができた。ある夢を持つ五島は、高校の授業とともに、放課後に行なわれる中学の内容の復習にも臨み、みるみるうちに成績を伸ばしていった。それは全教科で見ることができ、平均的な成績であったのは体育と芸術、家庭に情報といった、受験にあまり関連性のないものばかりであった。もっとも、生活するうえでは必要な教科がおろそかになっているところが否めないが。
そんな五島。学業以外にも、家に帰ればご飯の支度と風呂の準備などをする。洗濯は休日にまとめて済ませるとして、朝ごはんの準備もしなければならない。そして極めつけは、母親の面倒を見なければならない。体を壊し、日に日に衰弱する母親は、立ち上がることこそできるものの、用を足すことくらいしかできず、風呂に入るのも一人では辛いくらいにまでなってしまっていた。そのため、予習と復習は学校の空き時間を使うしかない。家では勉強する暇はほとんどないし、ついでに言うと、部活も当然できないのである。
「ほら、お袋、背中出して。体拭くから」
五島は母親の背中だけ拭き、あとは母親に体を拭かせた。全身を拭くのに、やはり男である五島には抵抗が大きすぎるためだ。母親もそのことがわかっているため、「どうせなら、全身拭いてくれればいいのに」と文句を言うものの、決して本心ではないし、無理強いもしない。
五島は母親の背中を拭くたびに、複雑な思いをする。母親の背中が老いと労苦で相当くたびれているのを目にするからである。確かに、年齢的に老けていてもおかしくはないのだが、地獄のような8年間の苦労ゆえか、いたるところに傷が残り、肌もボロボロであった。ここまで母親が自分を犠牲にしていたのかと思うと、五島は母親に対して尊敬に似た思いを抱くとともに、逃げ出すこともできずに耐えるしかなかったことに対して同情し、そんなになってなおもこうして生き続けていることに愛しさと感謝の思いを持っていた。
自分だったら、何もできないことを理由に、さっさと自ら人生に幕を下ろしているだろうと、五島は思っていた。しかし、それは自分勝手な行為である。結局、その行為に至る動機は、自分しか見つめていないことに起因するからである。一見、何もできない自分がいることで周りに迷惑が及んでいるということで、そんな自分がいなくなれば周りへの迷惑が消えるため、利己的ではなく周囲のことを思っての行為のように感じられる。
しかし、五島の母親の場合は違う。確かに、五島の仕事はほかの高校生に比べて倍以上に増やしてしまっている。勉強以外に家事もやることになってしまっている。だが、これは五島自身が望んだことである。確かに、「高校に行かないと許さない」と言ったのは母親である。しかしそれは、五島の本心が高校に行きたいことを知っていたために、母親自身のわがままとして五島に高校に行かせたという節がある。世間体など気にしていない。もし気にしていたら、五島を残してさっさと舌をかんで苦痛とともにこの世に別れを告げている。しかし、8年に亘る監禁生活を強いられた身である以上、世間体など無意味である。今更回復のしようがない。それに、そもそもそんなこととは関係無しに、母親は五島に高校進学を決意させた…。
それは、息子の新一が中学3年に進級してしばらく経ったときのことであった。ある日から突然、新一がある人物のことをしきりに話すようになったのである。
新一の話によると、それは「白石先生」という人物で、この4月に教師になったばかりの新米なのだという。どんな人かは、体の調子が芳しくなかったために一度も会うことはなかった。けれど、新一が「白石先生」の話をするときは、どういうわけかいつも顔がほころんでいた。
「今日は先生から面白い話を聞いたんだ」
「今日は先生がドジ踏んで、面白かった」
「今日は雨漏りしてる教室で授業をしてたんだけど、天井から垂れてきた雨水が先生の背中に落ちてきて、『ひゃあ!なに!』って叫んで慌ててた。8つくらい年上なのに、妙にかわいいって思った」
「今日の先生は珍しく髪を後ろに縛っててポニーテールを作ってたけど、女子には評判悪かった。男子には好評だったけど。まあ、俺は先生だったら、よほど奇抜な髪型じゃない限り、似合ってると思うけどね」
日に日に、新一が話す「白石先生」の話は詳しいものになっていった。
そんなあるとき、新一はポツリと言った。
「俺、いつか先生みたいになりたい。そりゃあ、先生と全く同じになることはできないけど・・・。でも、人を信じることができなかった俺が、少しずつ人を信じることができるようになったのは、先生がいたからなんだ。だから俺は、世の中には信用できない大人も多いけれど、信用できる大人もまた、ちゃんとどこかにいるってことを、教えたい」
私は、この新一の呟きが、妙に印象に残っていた。その理由は、何となくわかっている。新一は、母親の私にもなかなか本音を話さない。けれど、何かの拍子にこうして思っていることを口にすることがある。つまり、このつぶやきこそが、新一の本音なのだ。油断すると聞き逃しそうな話し方をするときは、決まって新一にとって大事なことが話されているのだ。母親の私だからわかるのだ。
それゆえに、私は無理強いをしてでも、新一に高校に進むように言ったのだ。新一のことだから、私に気を遣って高校に行かないと本気で決めてしまうから。心の底まで決めていないうちに、そうやって釘を刺したおかげで、新一は高校に進むことを決めてくれた・・・。
そんな母親の五島への思いは、生き恥をさらしてまでも、五島のために生き続けようというその意思でわかった。実際、息子に迷惑ばかりかけているだけというのは、母親にとっては地獄以上の辛さがあった。しかし、敢えてこうして生き続けているのは、それが五島にとっての救いになっているからである。
実は、五島は知らないが、母親はかねてから、死を決意していた。再婚してから約1ヵ月後から始まった虐待と陵辱の日々。もう何度死のうと思ったのか、母親は覚えていない。思えば、死を決意しては、息子の顔が目に入り、それを思いとどまっている。それを毎日のように繰り返していた。
そして、それはふとしたきっかけで地獄のような日々から脱することができた後も続いた。衰弱しきった体で何もできず、高校進学を息子にさせたくせに、自分では何もできないという不甲斐なさに、母親は全く苦悩しなかったわけではない。息子のいない間に、一思いに命を絶とうと何度も決意しては、それを思いとどまっていたのである。
だが、母親はあることをきっかけに、自殺を完全に思いとどまった。