向かい合って座っている五島くんと雪子さん。五島くんは、ここ最近見せていなかった真剣な表情をしています。対する雪子さんは、見つめられていることに、少々の照れと多くのうれしさが混じったような表情を浮かべていました。雪子さんはよく見ると、なかなかどうして、彼女独特の色っぽさといいますか、管理人さんや来夢ちゃんとは違った美しさがありました。そのことに五島くんが気付き、少し見入っていると、
「この間の返事、聞かせてくださるのですか?」
と、雪子さんはニコニコしながら問いました。ハッと我に返った五島くんは、
「いや、返事も何も、俺は受けるつもりは無いから」
と言うと、雪子さんは一転、残念そうな表情を浮かべました。
「・・・そうですか」
雪子さんは目を落としました。いつもの五島くんなら、ここであわててしまうのですが、今回は違いました。至って冷静な声で、
「受けられるはずがない。いきなり見ず知らずの人にプロポーズをされて、即答で『はい、喜んで』なんて、言えるはずがないだろう。俺はあんたのことを、何も知らなさ過ぎる。つまり、結論を出す状態ではないんだ」
と話しました。そこまで聞くと、雪子さんは顔を上げました。
「だから、今日はプロポーズの返事以前のことで話をしたい。あんたはじいちゃんから俺のことをいろいろと聞いているだろうから、俺について聞くことは無いだろうが、俺はあんたのことを何も聞いていない。だから、俺はあんたに聞きたいことがいくつかある。俺の質問に、答えてくれるね?」
最後だけ言葉が柔らかくなったところに、五島くんの不安がにじみ出ています。まだどこかで、彼女が雪女であるのではという疑念が消え去っておらず、「何かされるのではないか?」という心配があったのです。そんな心配をよそに、雪子さんは静かにうなずきました。そのとき、「だから、まず最初に、俺と付き合ってくれないか?」と言われることを期待していたので、それとは違う発言に落胆していました。

 雪子さんがうなずいたのを見ると、五島くんは若干ホッとしました。そして、再び強い口調となって質問を始めました。ここからはしばらくの間、会話が続くので、台本調で記します。読みやすくするため会話ごとにスペースを空けています。

五島「それじゃ、早速質問する。君は、どういった経緯で、俺のじいちゃんの面倒を見ることになったんだ?」

雪子「・・・私は訪問介護の仕事をしていました。人のための仕事をしたかったからです。この手の仕事は今、人手不足で、私はこの仕事に就くことができました。そして、私がこの仕事に就いて初めて受け持ったのが、五島さん、あなたのおじいさまだったのです。・・・初めて受け持った方ですから、誠心誠意おじいさまに尽くそうと意気込みましたわ」

五島「なるほど・・・。あんたとじいちゃんとのつながりはわかった。・・・それじゃ、次は、訪問介護士のあんたが、何故俺にじいちゃんの遺品を届けに来た?そして、俺がここに住んでいることを、どこで知った?」

雪子「おじいさまの遺志ですわ。生前、おじいさまはあなたのことを気になさっていました。『義理の娘の再婚相手がとんでもないやつで、新一もひどい目に遭っているんじゃないか』って、いつも私に話しました。それから、新一さん、あなたがその境遇から脱したこと、おじいさまは知っていましたわ。おじいさまのご友人の方が、あなたの家の近所に住んでいて、定期的にその方がおじいさまに新一さんとあなたのお母様のお話をなさっていたのです。ですが、おじいさまの家が遠かったのと、おじいさまが会いに行くことで、暴力が一層ひどくなることを心配して、会いに行くことができなかったのだそうです。しかも、その後、おばあさまが亡くなって、更におじいさまも心筋梗塞で入院なされていたので、あなたのお母様が亡くなったとき、葬儀に出られなかったのです。そのことはご存知ですよね?」

五島「ああ、知ってる」

雪子「それからというもの、おじいさまにとって新一さんは唯一の肉親となってしまったのですが、おじいさまは体を壊してしまったため、なかなか新一さんに会いに行けなかったのだそうです。それから程なくして、私がおじいさまのお世話をするようになりました。おじいさまは私を見てひどく驚かれたのですが、何故なのかは未だにわかりません。ですが、おじいさまは赤の他人である私に、いろいろなことを教えてくださいました。おじいさま自身のお話、新一さんのお話、あなたのお父様のことも話してくださいました。そんなあるとき、おじいさまが『私が死んだら、新一にこの風呂敷の中のものを渡して欲しい』と言って、渡されたものが、先日の遺品です。おじいさまに中を見ないように言われていたので、中身が何であったのかはわかりません。それに、おじいさまとあなたにとって、大切なものであるような気がしたので、おじいさまの意思を尊重し、見ないようにしました」

五島「遺品を届けに来た経緯はわかった。じゃあ、・・・」

雪子「わかっています。『どうやってあなたの今の居場所を知ったのか?』ですね。それは、おじいさまが雇った探偵さんがお調べになられたからです」

五島「・・・そういうことか。あんたはその探偵のこと、知ってるのか?」

雪子「いえ、私はおじいさまに、新一さんが今住んでいる場所を教えられただけなので、探偵さんには会ったことはありません」

五島「なら、どうして・・・」

雪子「おじいさまが話してくださったのです。探偵さんを雇って、新一さんの家を調べたのだと聞きました」

五島「そうか。その探偵の名前は・・・」

雪子「もちろん、わかりません」

五島「・・・だろうね」

五島くんは一息つきました。何となくその探偵が、謎多き四条さんではないかと思ったのですが、真相はわかりません。廊下の3人は、汗だくです。息が激しくなっています。その息遣いが、部屋の中の五島くんにも聞こえてきています。ただ、来夢ちゃんだけが平気な顔をして、話を聞き続けています。
 五島くんは、外の激しい息遣いを聞いて、ふと疑問に思いました。「そういえば、この部屋、冷房ついてないよな。なのに、何で俺、汗掻いてないんだろ?」そして、目の前にいるコートを着た雪子さんも、これだけ話したのにもかかわらず、汗一つ流していません。・・・いや、この部屋、むしろ少し涼しいのです。
「もう一つ、質問したい」
「・・・何ですか?」
「どうしてコートを着ているんだ?」
「・・・やっぱり、気になります?」
「そりゃそうだ。こんな暑い日に、コート着てるやつ、他にいるか?」
「ですよね。わかりました、お教えしましょう」
と言うと、雪子さんはおもむろに、コートを脱ぎ始めました。コートの中は、生地の薄いスカートとシャツという出で立ちでした。
「!!」
五島くんは慌てました。まさか、管理人さんたちが外で聞き耳を立てている中、俺は・・・。
「着てみてください」
雪子さんは、コートを五島くんに手渡しました。
「!?・・・あ、着てみろと?そういうことね・・・。って、何で暑いのにコートを・・・」
五島くんは、これから起きることを想像していただけに、落胆こそしましたが、それで管理人さんに完全に嫌われることが避けられたので、ホッとしました。それも束の間、雪子さんにコートを渡されました。五島くんは腑に落ちない様子でコートを着ました。
「・・・涼しい」
「でしょ?」
「え~、何で?このコート、ひんやりする!!」
「そうなんです。コートの生地の間に冷却材が入っていて、気持ちいいんです。冷気が出ているから、私の周りだけ涼しいんですよ」
「あっ、そう。だからこの部屋、涼しいんだ」
外でそれを聞いた一ツ橋さんと二宮さんは、もう少しで5号室に乱入しそうになりましたが、管理人さんと来夢ちゃんに制止され、諦めました。
「でも、何でこんなの着てるの?」
「・・・わたし、極度の暑がりなんです。桜が咲く頃にはもう薄着ですし、今頃は裸でも暑いから、かなわないんです。だから、この冷気を発するコートが手放せないんです」
「へぇ~」
五島くんはこれを聞いて、一つの確信を抱きました。しかし、それには不安が伴いました。
「ここに来るまでに、電車の中で、コートを着ているものだから、みんな私のことを変な目で見てたんですけど、でも両隣の人は冷気を感じて、寝た振りしながら私のほうに頭を傾かせてきたんですよ。少しすると、私の周りに人が集まってきて・・・」
と、雪子さんが夢中で話していると、五島くんはもう一つのことにも気がつきました。そして、それが先ほどの確信を。より確かなものであることを証明していました。五島くんは不安と恐怖で一杯になりました。しかし、それでは何の解決にもならないと思い直し、意を決して、五島くんは雪子さんが話を続ける中、口を開きました。
「雪子さん。今までの話を聞いて、やっとわかったよ」
「え?」
「君が一体、何者なのかがね」
「・・・おっしゃっている意味が、わからないのですが」
「わからなくてもいい。どうせすぐ、わかることになる」
「はあ・・・」
「君は、雪女だ!!」
五島くんは、雪子さんを指差しながら叫びました。