漫画編2回目である今回取り上げる作品は、『うる星やつら』です。言わずと知れた、高橋留美子さんの作品です。異星からやってきたラムちゃんと、史上最悪の凶相の持ち主諸星あたるが繰り広げるドタバタコメディーです。まあ、ラブコメディーとも言えます…。はっきりいいますと、ここで取り上げる必要が無いほどの人気作品です。ちなみに、まだ全部読んでいません。珍しくブックオフで集めることなく新装版をコツコツ集めていますから。
この新装版ですが、最後に有名漫画家が描くラムちゃんの絵があるのですが、そこに古谷実さんが参加していたのには驚きました。というのも、多くの作家は小学館の人なのです。少しではありますが、小学館以外の作家もいるのですが、私の中では古谷さんとうる星やつらにつながりがあるようには思えなかったものですから、驚いたという次第です。しかも最近は『北斗の拳』などの作品でおなじみの原哲夫さんも参加しました。感想は述べません。一度見てみることを勧めるに止めます。
とはいえ、いろいろな漫画家の方が描くラムちゃんの絵は、個性豊かなものとなっています。人によっては、「この絵は好きだ」とか、「この絵はちょっとひどいな」と思う人がいるでしょう。自分好みの絵を探すのも一興かもしれません。
内容については触れません。まだ読んでおらず、知らない人は新装版の購入をおススメします。別にブックオフなどで売っている文庫版や愛蔵版でも構わないのですが(小学館の宣伝担当ではありませんので…)、内容を聞かずに読むほうが格段にいいです。ただ、地方局や衛星放送などではアニメが放映されているようですが、アニメなら見たことがあるが漫画はまだ読んでいないという方に忠告します。メガネは初期に少し出るだけです。メガネのハイテンションぶりを期待してはいけません。私はメガネのハチャメチャぶりを期待していたので、少し物足りない印象を受けたからです。あと1つ、アニメでは時間稼ぎのため、やや(話によってはほぼ)オリジナルの箇所があるので、漫画のほうは少し物足りない印象を受けるかもしれません。忠告はこれくらいにしておきます。
内容には触れませんが、特徴については触れようと思います。まず、作品が79年からの連載(といっても毎週ではなかったようですが)なので、今では規制か何かにかかりそうな表現(とはいいますが、差別表現などではなく、「せっかん」をほのめかすシーンなどです。別にストーリー上問題ないのですが、あくまで「規制か何かにかかりそうな」ということなので、あまり神経質にならないでください)も見受けられます。
他にも、主人公のあたるがだんだん明るい性格に変化していきます。それに合わせてか、ラムの性格と言葉遣いが徐々にやわらかくなっていきます。少なくとも「殺してやる」などの過激な発言は徐々に減っていきます。面堂終太郎により、問題が大きくなることが多くなります。面堂登場前からも町が破壊されるなど、問題が大きくなる傾向はあるのですが、面堂は財閥の人間ということで、私設軍隊(普通の財閥にはないはずですが…)などがあり、頻繁にそれを使うため、無駄に問題が大きくなってしまうのです。もっともそれも面白さの一つですが…。
毎回ではありませんが、日本の昔話や風習、歴史に関するもののパロディーも見ものです。また、ラムが宇宙人ということに起因してか、いわゆるSFも多々あります。大体は異次元や亜空間とか、宇宙のどこかからやってくる異星人の話です。私はSFには詳しくありませんから、誤りがあるかもしれませんので、その点ご理解ください。
印象に残っているところですが、まずはどこの場面かは覚えていませんが、どこかでラムちゃんが「科学を信用するっちゃ」と言ったか、またそれに近いことを言っていたのです。
この作品が描かれていた頃の状況がわからないので断言できませんが、確か戦後だったと思いますが、科学至上主義の風潮があったはずです。ラムちゃんのこの発言はまさに科学至上主義といえます。科学の力は絶対というようにも取れます。一応、設定では、ラムちゃんが住む星の科学は、地球の数倍先まで進んでいるということです。そのためこのような発言ができたのかもしれませんが。
今の地球の科学はどうでしょうか。今まで当たり前であったことが、実はとんでもない誤りであったと発表があったり、夢の化学物質といわれていたものが、実はオゾン層の破壊に関わっていたりと、完全なものではありません。科学は未だ発展の最中です。発展途上の学問の分野なのです。
つまり、いくらラムちゃんの住む星の科学が地球の数倍先まで行っていたとしても、そこでの科学も発展途上にあると考えられないのでしょうか。事実、ラムちゃんの星の科学を駆使した製品でドタバタが起こる話もあります。また、科学とのかかわりについてもそうです。その製品自体は欠陥などが無いのですが、操る人によってとんでもないことになる話もあります。
例えば、対象を複製する銃があります。しかし、操るのはどちらも感情的に行動するラムちゃんとランちゃん。あたるを複製しすぎて町が混乱するというものです。この話から、科学は諸刃の剣だという印象を受けました。この諸刃の剣とどうかかわっていくかということも、科学至上主義の是非とともに問題提起しているのではないでしょうか。
内容には触れない予定でしたが、結局触れてしまっているので、ついでにもう一つ…。
まだ全部読んでいないと冒頭で記しましたが、実は最後の話は読んでいます。その話から受けた印象なのですが、愛情についての男女の考え方の違いが示されているように思えました。「女は愛情を言葉で表現して欲しいのに対し、男はそれを行動で示す(言葉に出さない)傾向にある」というものです。
女性は愛情表現を言葉で聞くことで安心するのでしょうか。残念ながら、女心は未だ理解し得ていないので、わかりません。単に言葉で聞くだけで安心するというのならば、わかりますが、それ以上に何か理由があるのだとしたら、それについてはわかりません。
ですが、「愛している」となかなか言えないあたるの心理はわかるつもりです。つまりは本命の人に対するその言葉はものすごく重いものであるし、どうでもいい(と書くと非難を浴びるかもしれませんが、つまりは本命以外の)人に対してはその分意味合いが軽くなるため、いとも簡単に言えるのかもしれません(その多くはガールハント目的ですし…)。
または、本命の人にそう言わないことこそが愛情表現なのかもしれません。というのは、頻繁に言うとその価値は落ちます。しかし、滅多に言わないことでその価値は落ちることはありません。それでたまに言うことで、その価値を下げないまま愛情を示すことができるということも言えるのではないでしょうか。頻繁に言うと、どうしても聞いているうちに安っぽく聞こえてしまいます。
何もそれは、「愛している」という言葉ばかりではありません。例えば、普段から怒っている人に対して周りの人はいずれ慣れてしまいますが、普段温厚な人が突然怒鳴るとその迫力はすごいものです。それと同じことではないでしょうか。
もっとも、「女はその言葉を聞きたいのに対し、男はその言葉に必要以上に価値を感じているのでなかなか言えない」とは記しましたが、何も男と女の違いとは限らず、価値観の違いなのかもしれませんが…。まあ、地球温暖化や増え続ける国債などはいずれ解決されるとは思いますが(というよりすぐ解決すべき問題ではありますが)、こればかりはこの先も永遠に続く問題かもしれません。
一言で言えば、短編集と同様に、この作品でもいくつかの問題提起をしていると言えます。もっとも、多くはパロディーやドタバタなのですが。ここで記した以外にも、他の箇所で問題提起を感じる人もいるのではないでしょうか。とにかく、ギャグを楽しむにしても、問題提起を読み解くにしても、一読の価値はあります。
この新装版ですが、最後に有名漫画家が描くラムちゃんの絵があるのですが、そこに古谷実さんが参加していたのには驚きました。というのも、多くの作家は小学館の人なのです。少しではありますが、小学館以外の作家もいるのですが、私の中では古谷さんとうる星やつらにつながりがあるようには思えなかったものですから、驚いたという次第です。しかも最近は『北斗の拳』などの作品でおなじみの原哲夫さんも参加しました。感想は述べません。一度見てみることを勧めるに止めます。
とはいえ、いろいろな漫画家の方が描くラムちゃんの絵は、個性豊かなものとなっています。人によっては、「この絵は好きだ」とか、「この絵はちょっとひどいな」と思う人がいるでしょう。自分好みの絵を探すのも一興かもしれません。
内容については触れません。まだ読んでおらず、知らない人は新装版の購入をおススメします。別にブックオフなどで売っている文庫版や愛蔵版でも構わないのですが(小学館の宣伝担当ではありませんので…)、内容を聞かずに読むほうが格段にいいです。ただ、地方局や衛星放送などではアニメが放映されているようですが、アニメなら見たことがあるが漫画はまだ読んでいないという方に忠告します。メガネは初期に少し出るだけです。メガネのハイテンションぶりを期待してはいけません。私はメガネのハチャメチャぶりを期待していたので、少し物足りない印象を受けたからです。あと1つ、アニメでは時間稼ぎのため、やや(話によってはほぼ)オリジナルの箇所があるので、漫画のほうは少し物足りない印象を受けるかもしれません。忠告はこれくらいにしておきます。
内容には触れませんが、特徴については触れようと思います。まず、作品が79年からの連載(といっても毎週ではなかったようですが)なので、今では規制か何かにかかりそうな表現(とはいいますが、差別表現などではなく、「せっかん」をほのめかすシーンなどです。別にストーリー上問題ないのですが、あくまで「規制か何かにかかりそうな」ということなので、あまり神経質にならないでください)も見受けられます。
他にも、主人公のあたるがだんだん明るい性格に変化していきます。それに合わせてか、ラムの性格と言葉遣いが徐々にやわらかくなっていきます。少なくとも「殺してやる」などの過激な発言は徐々に減っていきます。面堂終太郎により、問題が大きくなることが多くなります。面堂登場前からも町が破壊されるなど、問題が大きくなる傾向はあるのですが、面堂は財閥の人間ということで、私設軍隊(普通の財閥にはないはずですが…)などがあり、頻繁にそれを使うため、無駄に問題が大きくなってしまうのです。もっともそれも面白さの一つですが…。
毎回ではありませんが、日本の昔話や風習、歴史に関するもののパロディーも見ものです。また、ラムが宇宙人ということに起因してか、いわゆるSFも多々あります。大体は異次元や亜空間とか、宇宙のどこかからやってくる異星人の話です。私はSFには詳しくありませんから、誤りがあるかもしれませんので、その点ご理解ください。
印象に残っているところですが、まずはどこの場面かは覚えていませんが、どこかでラムちゃんが「科学を信用するっちゃ」と言ったか、またそれに近いことを言っていたのです。
この作品が描かれていた頃の状況がわからないので断言できませんが、確か戦後だったと思いますが、科学至上主義の風潮があったはずです。ラムちゃんのこの発言はまさに科学至上主義といえます。科学の力は絶対というようにも取れます。一応、設定では、ラムちゃんが住む星の科学は、地球の数倍先まで進んでいるということです。そのためこのような発言ができたのかもしれませんが。
今の地球の科学はどうでしょうか。今まで当たり前であったことが、実はとんでもない誤りであったと発表があったり、夢の化学物質といわれていたものが、実はオゾン層の破壊に関わっていたりと、完全なものではありません。科学は未だ発展の最中です。発展途上の学問の分野なのです。
つまり、いくらラムちゃんの住む星の科学が地球の数倍先まで行っていたとしても、そこでの科学も発展途上にあると考えられないのでしょうか。事実、ラムちゃんの星の科学を駆使した製品でドタバタが起こる話もあります。また、科学とのかかわりについてもそうです。その製品自体は欠陥などが無いのですが、操る人によってとんでもないことになる話もあります。
例えば、対象を複製する銃があります。しかし、操るのはどちらも感情的に行動するラムちゃんとランちゃん。あたるを複製しすぎて町が混乱するというものです。この話から、科学は諸刃の剣だという印象を受けました。この諸刃の剣とどうかかわっていくかということも、科学至上主義の是非とともに問題提起しているのではないでしょうか。
内容には触れない予定でしたが、結局触れてしまっているので、ついでにもう一つ…。
まだ全部読んでいないと冒頭で記しましたが、実は最後の話は読んでいます。その話から受けた印象なのですが、愛情についての男女の考え方の違いが示されているように思えました。「女は愛情を言葉で表現して欲しいのに対し、男はそれを行動で示す(言葉に出さない)傾向にある」というものです。
女性は愛情表現を言葉で聞くことで安心するのでしょうか。残念ながら、女心は未だ理解し得ていないので、わかりません。単に言葉で聞くだけで安心するというのならば、わかりますが、それ以上に何か理由があるのだとしたら、それについてはわかりません。
ですが、「愛している」となかなか言えないあたるの心理はわかるつもりです。つまりは本命の人に対するその言葉はものすごく重いものであるし、どうでもいい(と書くと非難を浴びるかもしれませんが、つまりは本命以外の)人に対してはその分意味合いが軽くなるため、いとも簡単に言えるのかもしれません(その多くはガールハント目的ですし…)。
または、本命の人にそう言わないことこそが愛情表現なのかもしれません。というのは、頻繁に言うとその価値は落ちます。しかし、滅多に言わないことでその価値は落ちることはありません。それでたまに言うことで、その価値を下げないまま愛情を示すことができるということも言えるのではないでしょうか。頻繁に言うと、どうしても聞いているうちに安っぽく聞こえてしまいます。
何もそれは、「愛している」という言葉ばかりではありません。例えば、普段から怒っている人に対して周りの人はいずれ慣れてしまいますが、普段温厚な人が突然怒鳴るとその迫力はすごいものです。それと同じことではないでしょうか。
もっとも、「女はその言葉を聞きたいのに対し、男はその言葉に必要以上に価値を感じているのでなかなか言えない」とは記しましたが、何も男と女の違いとは限らず、価値観の違いなのかもしれませんが…。まあ、地球温暖化や増え続ける国債などはいずれ解決されるとは思いますが(というよりすぐ解決すべき問題ではありますが)、こればかりはこの先も永遠に続く問題かもしれません。
一言で言えば、短編集と同様に、この作品でもいくつかの問題提起をしていると言えます。もっとも、多くはパロディーやドタバタなのですが。ここで記した以外にも、他の箇所で問題提起を感じる人もいるのではないでしょうか。とにかく、ギャグを楽しむにしても、問題提起を読み解くにしても、一読の価値はあります。