私の名前は〇〇です。
私は〇〇です。
私の理想や願望は
〇〇になること。
〇〇だったら良いな。
〇〇のようにできたら。
〇〇になれますように。
私の名前は〇〇です。
私は〇〇です。
自分の名前、自分の経歴、現住所、
それは理想や希望でもなく、
考えなしに言えること。
疑い持たずに言えること。
私の理想や願望は
〇〇になること。
〇〇だったら良いな。
〇〇のようにできたらな。
願いや希望を語る言葉は、
まるでウサギが人間に
なりたいような夢のよう。
私の名前は〇〇です。
私はウサギです。
私の理想や願望は
人間になること。
人間だったら良いな。
人間のようにできたらな。
色んな憧れあるけれど、
どんなに似せて真似しても
どんなに素直に実行しても
私は〇〇です。と言い切れているのかな?
学習中?受講中?修行中?
それは、私は生徒です。ってことだよね。
いつまでも、まだまだ足りないと思うなら
私は〇〇のようになりたいと、
思い続けている人です。ってことだよね。
踊りがイマイチなダンサー
美味しくない飲食店の料理人
どんな役でも変わり映えなく大根役者の俳優
教えるのが下手な教師
相手の話を聞かないカウンセラー
センスの悪いコーディネーター
不機嫌、不親切な店員
的外れなアドバイザー
世の中見渡せば、????な人って
けっこういるよね。
けれど彼らは口を揃えて、
私は〇〇です。
と、自分の肩書き表明してる。
そこに道理、理不尽さは全く存在していない。
私の名前は〇〇です。
私は〇〇になりたいです。
〇〇になるのはいつだろう。
〇〇になったと思うのはいつだろう。
どんなに資格や認定証を持っていたって
私は〇〇です。
にならない限り、
それらはただの所有物で終わってしまう。
憧れや夢、希望や目標
何かを見ては元気になって、
何かを見ては希望を持って、
何かを見ては勇気が出てくる。
元気、希望、勇気を与えられる存在に
自分もなりたいだけじゃないのかな。
そこに〇〇のようになりたいと
表現真似る必要ないかも。
私の名前は〇〇です。
私は〇〇です。
私は私です。
唯一無二のキャラクター。
私が私であるからこそ
私は私になればいい。
私という存在を
プロフェッショナルに発揮しながら
どんな私も〇〇です。
と、イメージしながら生きてみよう。








