読者の皆様へ

お疲れ様です。

 

前回の更新からだいぶ間が空いてしまいました。

 

2019年、平成31年になった瞬間に更新して以来、ずっと行方をくらましておりましたが、10連休というおそろしくまとまった休みがやってきましたので、更新してみる次第です。

 

さて、みなさんご存じのとおり、明日(5月1日)より新しい年号「令和」が開始します。「れいわ」で変換すると一発で「令和」が出力されるのが本当に不思議です。そのへんのシステム的な改修をなされている方には、ただただ頭が下がる思いです。

 

年号というシステム上、明日から新時代がやってくるという印象が強くなってしまいますが、かつて記事にまとめたように、新時代の幕開けはいつもと同じように、滑らかにやってくることを願うばかりです。

 

令和の時代は、人と人との争いがなく、ただただ穏やかな時代となることを祈ります。

 

ちなみに、「令和」については個人的には思うところが非常に多いです。

 

-1- 「令和」って、なんだか「昭和」のようだ

 

私が「令和」という響きや文字を初めてみたとき、なんだか「昭和」のようだと感じました。結局のところ、年号を考案した人たちが昭和生まれで、「我々の時代(昭和)は最高だった」という思いが令和にも込められているのではないかと勘繰ってしまいました。

 

この屁理屈が正しいとするならば、令和の次の年号は「○成」とかになるんでしょうか。

 

-2- 「年号システム」はビジネスには絡めないでほしい

 

日本企業全体が、年号を業務にどれほど絡めているかは知りませんが、私の会社ではがっつり年号を絡めています。

 

どういうことかといいますと、文書中に登場する期限など、日付を示すものはほぼすべてが「年号**年**月**日まで」のように書かれています。

 

今回の改元に伴い、年号の記載等に関するルールが湧いて出てきました。そのたびにルールを一読し、そのルールをあらゆる事柄に適用させていく必要が生じます。

 

これって、年号を使わずにすべて西暦で処理していれば必要のないことではないのか??これだけ「働き方改革」とか言っておきながら、簡単に改革の流れに逆行するようなことを平気でおこなう・・・。なんとかならないものでしょうか。

 

閑話休題。

 

2018年2月に井の頭公園の池の中に行ってきましたので、紹介させていただきます。

 

これは「かいぼり」といって、「池の水を全部抜いて、外来種などの本来そこにいるべきではない生物を取り除く」という取り組みに参加した際の写真たちです。

 

といっても、私が実際にかいぼり作業に従事したわけではありません。かいぼり後の池の見学会に応募したら、見事当選したのです。

 

地下水の影響か、いたるところから湧水を観察することができました。

 

 

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*あとがき*
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10連休でありますが、意外とやらなければいけないことが多かったり・・・。頑張ります。

 

希望の鐘が鳴る朝に(1999・THE ALFEE)

 

*本日の記事はいかがでしたでしょうか。これからもいろいろなことにアンテナを張り巡らせて、読み応えのある記事を提供していきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

 

2007年2月17日から2017年4月10日まで、『土佐日記』ならぬ『土佐ブログ』(元祖)を運営しておりました。容量がいっぱいになってしまった関係で、“season.2”という形で、このブログを開設させていただきました。“元祖”も“season.2”もどうぞよろしくお願いいたします。