ぶらぶら、歩いていると、茶の木という小さな喫茶店があった。すでにお昼の時間もかなり過ぎていて、おなかもすいていたため、あたるもはずれるも、たまたま目の前にあったその喫茶店に入ることにした。薄暗い店内に、低めの天井、手作りのような机とイス。そして、インド系のワールドミュージックがBGMとして流れていた。せっかちな君に合わせて、メニューを見るのもそこそこに、早くできてきそうなプレートランチとデザートつきのコーヒーを注文した。君は、言葉少なく、バッグから単行本をとりだして読みはじめた。ぼくは、寝不足だったのか、なにをすることもなく、ぼんやりとその場の雰囲気に浸っていた。だから、プレートランチの中身や味を思う出すことができない。でも、コーヒーのカップが、取っ手のない陶磁器でできていたことを覚えている。そして、ぼくは、今でも忘れることができない。向かって斜め後方の窓から、この季節には珍しい黄砂が降りとてもゆるやかになった冬の日差しが、君の髪から肩にふりそそいだ、その情景を。

(このショートショートは、60%フィクションです。)
身内にたのまれて、押入れの奥から昔のアルバムを探し出し、久しぶりに開くこととなった。20年から15年ぐらい前の写真の数々だが、忘れていた記憶が急に鮮明に呼び覚まされた。それらの写真から伝わってくる雰囲気から、その頃が私の今までの人生の中でいかに充実していた時期だったか知ることとなった。私がカメラで撮っていたため、自分の姿は、ほとんど見つけられないのだが、それでも、何枚か自分の若い姿が確かに存在していた。そういう意味では、写真とはある意味、暴力的なまでに人の心に影響を与えるものだ。甘くも苦くも、時を経るほどに、写真は人に大きな影響を与えものだと思った。
「アントニオ・ビバルディ。協奏曲「四季」の作者である。....「ピエタ慈善院」に付属する音楽院でバイオリン教師の職を得たのだ。....ビバルディは、このピエタで音楽家としての才能を開花させた....彼の楽譜には少女たちの名前が書き込んであり、愛情を持って接していたことがわかる。『君たちは幸せな出生ではなかったかもしれないが、負けるな。私が音楽という希望を与えよう』と伝えているのではないか。そう想像すると、明るい『四季』の旋律も、違って聞こえてくる。」(朝日新聞beより引用)    17世紀から18世紀に活躍したビバルディですが、私の「四季」のイメージは、研ぎ澄まされた朝に適していて、勉強のBGMとしては最高だというぐらいの貧弱なものであり、もう一度、丁寧に聞きなおす必要がありそうです。また、少し補足しますと、ピエタ慈善院はベネチアにある孤児院で、ビバルディの活動と密接なつながりがあったとのことです。
今週も、もう少しで週末ですね。すでに、息があがってます。こんなグッタリとした、夜の一人の時間は、妙に感傷的になったりします。やっぱり、こんな時、ピッタリなのが正やん。もう、若い時の、はりのある声ではないけれど、心で歌うというか胸をつくんです。ギターテクニックにもシビレる。そして、正やんと言えば、イルカと、つながるなぁ。イルカのオールナイトニッポン、聞いてました。シュリークス解散後のソロデビュー時のマイナーな曲が好みです。

「「ぼくは時計を気にしてる
 季節外れの雪が降ってる
 「東京で見る雪はこれが最後ね」と
 さみしそうに君がつぶやく
 なごり雪も降る時を知り
 ふざけ過ぎた季節のあとで
 ....
 「君のくちびるが「さようなら」と動くことが
 こわくて下を向いてた
 ....」(作詞、作曲:伊勢正三、「なごり雪」より引用)

君と歩いた青春
http://www.youtube.com/watch?v=YitMlXxejis
海風 伊勢正三 with 山本潤子
http://www.youtube.com/watch?v=_TzyPGkc6eA
「なごり雪」伊勢正三&イルカ  
http://www.youtube.com/watch?v=gPsc4ItkLRE
あの頃のぼくは
http://www.youtube.com/watch?v=h_pg9wRWOvQ&feature=related
風にのせて
http://www.youtube.com/watch?v=x1QZx26i4aA&feature=related
「金融危機の影響がもっとも大きく出た日本。GDPはまもなく中国に抜かれ3位に転落するのは必至である。こうした中、日本はグローバル経済の中で、何を作り、何で稼いでいくべきなのか。世界最強のブランドと言われた“メイド・イン・ジャパン”が、出口を求めて必死にもがいている。....東芝ではコストを度外視した超高機能テレビを作り技術力を極めようとする試みが佳境を迎えた。JVCケンウッドでは、自社生産にこだわらず、技術を中国メーカーに譲って製品を作らせ、そのライセンス料を企業収入にしていこうという動きも見られる。番組は、「日本は今後どうやって食べていくのか」、「日本人は何が得意なのか」と自問を繰り返す二つの電機メーカーの社運を賭けたプロジェクトに密着し、メイド・イン・ジャパンの未来を見つめていく。」(NHKスペシャルより引用)    長年、優位を保ってきたテレビ業界も、デジタル化に伴い製造内容が激変してることを感じました。中国に台湾メーカーが乗り出し、大規模なOEM工場を立ち上げる。そこで、基盤の回路は、日本と同じ精度で製造される。(なにしろ、その製造ロボットは日本製でした。)マクロプロセッサを制御するソフトウェアは、マクロプロセッサのメーカーから提供される訳です。後は多くの従業員がパソコンと同じように組み立ていくだけです。日本のデジタルテレビの半値で(OEMですから)ブランドのあるメーカー名として市場には出回ります。日本のメーカーの設計技術者は、職人技で生き残るしかないと言われてました。または、特許のライセンス料を組み込むビジネスモデルを模索するメーカーもありました。しかし、これは雇用がますます狭くなることを意味します。家電が安くなることは嬉しいことですが、のんきにしていられないです。日本の物づくりは戦略的に大きな転換を求められています。

NHKスペシャル
http://www.nhk.or.jp/special/onair/100124.html