「北海道滝川市の市立小学校の教室で2005年9月、首つり自殺した6年生の女児=当時(12)=が同級生らにあてて書き残した遺書の文面が2日、明らかになった。滝川市教育委員会はいじめを確認できなかったとして遺書の内容を公表していなかった。2日、記者会見した安西輝恭教育長は「心のサインをつかめなかったことは誠に申し訳ない」と謝罪した。遺書は計7通。「私が死んだら読んでください」と自殺した教室に置いてあった。」そして、彼女が残した7通のうちの文面の一部です。「この手紙を読んでいるということは私が死んだと言うことでしょう。私はこの学校や生とのことがとてもいやになりました。それは3年生のころからです。なぜか私の周りにだけ人がいないんです。5年生になってから人から「キモイ」と言われてとてもつらくなりました。6年生になって私がチクリだったのか差べつされるようになりました。それがだんだんエスカレートしました。(中略)何度か自殺を考えました。でもこわくてできませんでした。でも今私はけっしんしました。(中略)私はほとんどの人が信じられなくなりました。(中略)私は友だちと思える人はあまりいませんでしたが今まで仲よくしてくれて「ありがとう」「さようなら」」(中日新聞サイトより引用) 彼女の苦しみがどれ程、深かったか、この遺書を書く時の彼女の心境も、考えるとあまりに辛すぎます。集団意識が働く中での、気の遠くなるような疎外感。子供には重過ぎます。繊細で、気の弱い子であったとしても、限りない可能性を秘めていたのに。いじめは、明らかな人権侵害であり、加害者意識の低い犯罪です。大人が自ら襟を正して、子供たちの見本となるべきだと思います。
中日新聞サイト
http://www.chunichi.co.jp/00/sya/20061003/mng_____sya_____006.shtml
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http://www.chunichi.co.jp/00/sya/20061003/mng_____sya_____006.shtml