私が生まれたのは、大阪市東成区大今里の父の会社の社宅。
3歳までしかそこにいなかったので、記憶はあんまりないけど、
近所に「メッキやの僕」と呼ばれてた幼なじみの男の子がいたのは覚えている。
それと、2軒隣にお風呂屋さんがあって、山積みにされたおがくずのようなものがあって、
そこに、メッキやの僕とお風呂屋さんの工具を隠して怒られたのを覚えている。
私が3歳の時、家の前で、三輪車に乗って遊んでいて、トラックに轢かれたらしい。
でも、乗っていた三輪車はグチャグチャだったが、私はかすり傷1つ、なかったらしい・・・。
なんて悪運の強い子だったのだろう![]()
やっぱり、町の中で、交通量も多いから、子供を育てるのには、危険が多すぎる、という父の意見で
引っ越すことになった。
自然が多い所・・・。
ちょうどその時、千里ニュータウンが山を切り開き、新しい町を作っていて、募集があったので、父は
すぐに応募した。
最初は1戸建てに申し込んだが抽選ではずれ・・・。
次に団地。
すごい倍率だったそうだが、見事に当選!
当時、団地というものは珍しく、母曰く、主婦のあこがれだったそうで・・・。
鍵1つで戸締りができ、トイレは洋式の水洗トイレ。
よく、テレビでその当時の様子のニュース映像がやっているところをみると、かなり、珍しかったのだろう。
ちょうど、大阪万博の少し前だったので、私が引越していった時はあんまり開けてなかったけど、
見る見るうちにすごいスピードで開けていった。
by KIYON![]()
