追い詰められれば追い詰められるほど、それが力になる。


実は誰もが持っているものだと思う。


そして、その苦しみを楽しもうとする心のスイッチを入れられるかどうかなのだ。



その心のスイッチは、どうやって入れたらいいのか。


それには、魔法の呪文がある。それは、「これでいいのだ」という言葉。


苦しいことも、不安なことも、すべてあるがままを受け入れること。


それに向かって強くなるとか、自分に嘘をついてまで苦しいことを楽しいと思う必要もない。


つらさに負けてしまうような弱い自分を克服し、打ち勝つことで初めて登れるのではないかと思っていた。


でも、それはたぶん間違いで、人間が本当に力を発揮できるときというのは、すべてを受け入れられたときなのではないかと思う。


不安も、苦しみも、いろんな気持ちを。


何がいいとか悪いとかがまったくなくて、とにかくすべてがいいんだということ。


執着せずに、これでいいのだと思うこと。


当然、人間だから怖いとか、不安とか、緊張とか、そんな気持ちが走馬灯のように出てくる。


それをいかにゼロにするか。ただ、それだけなのだ。


ゼロにする作業のためには、対峙しないことがすごく大事だと思う。


克服して、打ち勝っていこうと思うとすごくパワーがいるし、いつかそれを受け止めきれなくなって、壊れてしまうのだ。


だから、そうではなくて、あるがままを受け入れてしまえばいい。


怖いという気持ちがある自分や、一歩踏み出すことをためらってしまう自分も含めて、すべてを受け入れてしまう。


何かがうまくいくときというのは、すべてを受け入れているときなのだ。



それをたとえていうなら、心のど真ん中にある状態かもしれない。


マイナスの気持ちも、プラスの気持ちも全部がオッケーだというとき、心が一つの丸いかたまりだとすると、その真ん中にある無の状態のようなところに、いつでも気持ちを持ってきておくこと。


たとえば、心の右側がポジティブさで、左側がネガティブさだとすると、そのどちらかだけを見ているのではなくて、全部を広く肯定的にとらえる広い目戦を持つことだと思うのだ。


人間は、どちらかというとポジティブさのほうだけを見ようとしてしまう。


「できる」とか「がんばらなくちゃいけない」と思い詰めてしまうほうが多い。


もちろんそれは間違いではないけれど、ある方向だけに執着してしまうのではなく、すべてを受け入れることによって、自分がど真ん中に来るようにする。


執着しないとは、すべてをなくすことではなく、すべてに満たされることである。


ロベルトのみんな空の下ブログ