(小説) 亜季・・幸せまでの滑走路 17、18
17、 亜季・・知りたい心が傷をひろげます 誰も自分の家族や母と自分、時に父と自分、時に姉妹、兄弟という関係に思い悩んだことはあるはず。そして多くの場合なんだかんだ問題があってもどこにでもある事で自分の家族は大方普通の家族だろうと考えていませんか?それは間違いではなく希望を込めた家族の姿かも。自分の恋愛がもたらす身勝手さも若い内はなかなか見えないらしい。例えば両親が恋愛結婚だとしてそこにどれだけの愛情がそそがれていたか、時にはかなりきつい心の葛藤があったか?でも子供にとり親は自分が生まれた時から親ですから(え!この二人が恋愛・・どこがよかったのだろう?)などと思う事も。ただ親の過去に無頓着になれる子供はある意味かなり守られた家庭にいるのかもしれない。亜季もそう。大人になり事実を知った時、少しの戸惑いを感じたとしてもそれは過ぎ去った過去の事実というだけ。親であっても人ができる事は過去を過去としてそのまま知り、受け入れるだけ。過去というのはそういうものかもしれない。ただ、愛情の過去の問題をきれいに忘れるまでは相当な時間が必要らしい。過去のでき事がその人の人生観を大きく変える場合もある。それが母という立場の人にもたらされた時その影響は子供の教育の中に少しずつ入り込むかもしれない。亜季は普段は優しい母がたまに常識を重んじ過ぎる事に抵抗を感じていた。家族のあり方は基本父と母の意思の疎通が土台でまわる。そのふたりがどんな絆で長い夫婦という関係を続けてきたのか。子供が見ている父と母の姿というのは二人の心の中の半分にも満たない外面だけかもしれない。家族で食事をし、旅行に行き写真には多くの笑顔の思い出が残される。でも子供は成長と共にいつからか何も変わらない笑顔の奥に違和感を覚える事がある。亜季はいつの頃からか感じて来た母と父の間に漂う喉に残された魚の小骨のような痛みを感じていた。確かに亜季が幼い時は母は明るく、強かった。それがある時からその強さは妙に意固地なものにかわっていた気がする。そして亜季はこれまでそれを長い夫婦という年月がなせるわざと思い込んでいた。でももし母の心の奥底に父への大きな憎しみが潜んでいたら・・。それでも幸せの形だけは壊すまいとする母の心は憎しみと幸せを演じる自分の間で少なからずゆがんでいたのだろうか。当然、それは家族、家庭の中に言葉では言いつくせない影を落とす。その日も母はカナダ旅行に行く父と亜季の準備に忙しく動いていた。亜季が居間に行くと父の洋服をあれこれ選んでは誰も聞いていない独り言をつぶやいていた。「この背広仕立ててもらったものだけど少し型が古臭いわね・・でも、色はいいし。」「カナダは蒸し暑くないかしら・・それならこれもいいかしら。」その母の姿は亜季が何も知らなければ仲のいい夫婦を連想させる。(母の中ではもう過去の事なのだろうか?)「亜季、あなたもちゃんと準備しなさいよ。間際になってあれがないこれがないと言われても困るんだから。」亜季の姿を見て母が言う。「うん。・・でもまだ先じゃない。それにそんなに持っていくものないし。」始めての海外旅行でないにしてもうれしさを見せない娘に母はおもしろくない。亜季の顔を見て一言はっきりと諭すような口調で話した。「あのね、パパは国際会議にいくの。亜季はしっかりサポートをお願いよ。それに・・あまりへんてこな洋服はだめよ。華美でもなく野暮でもなくセンスのいいもにしてちょうだい。他人の目があるんだから。最後の10日間は夏休みだから少しは砕けてもいいけど」と、お説教のようなお願いが亜季を襲う。「サポート?そんな話聞いてない。」「仕事もあると言ったはず。そこでできる体験もあるんだから状況を見て動いてくれないとパパが恥をかくからね!」「私は仕事はないもん。楽しいカナダの夏休みがメインだもの。それに・・仕事絡みで娘とか連れていくと公金でどうのこうの言われちゃうかもよ。」そんな亜季の言葉に母がピりッときたのか亜季を見据えて穏やかさと厳しさの混じった皮肉を込めた声でこう言う。「この家でそういういい加減な事はしません。あなたの分もパパの夏休みの分も私費です。盆暮れもほぼお断りしてます。多少個人的なお付き合いがあっても3000円以上の品はお断りしてます。亜季もそういうところしっかりしないと自分の首絞める事になりますよ。」「だって、私そういう仕事の人と結婚しないから。」「あら、じゃあ、どんな方がお好みなの?」「これなら人生成功と思い込んでない人かな?」「なるほどね。でもで20代、30代はアッと言う間に終わるからね。真面目に人生考えた方がいいと思うけど。紀美みたいに相手をみきわめないと!」「へぇー。」と軽く受け流したつもりが本当の母の気持ちを知りたい欲求に負けて出てしまッた言葉が「マルシェって知ってる?芸名だけど・・」その瞬間母の表情が悲しく、険しくなる。これまで亜季の見た事のない顔。ただ母はやはり強い。うろたえることも、話題から逃げる事もなく大きな憎しみを静かな厳しい声に変えた。「・・知ってますよ。・・あなたはどうして、いつ聞いたの?私は話した事ないのに。」その声にはどこか人を抑えつける響きを持つ。母はさらにたたみかけた。深刻な話はだいたいの場合先手を取ってはいけない。ましてなんの考えもなしに投げてしまうなどあまりにも子供じみている。それもこの母が相手なのだから。「ついこの間知って。偶然なの、本当に。たまたまいったライブでマルシェが出ていて。むこうは私にすぐ気がついたみたいだけど。」「そう。たまたまの偶然ね。そういう人なのよ。そんな偶然をつくるのがうまい人がたくさんいるわ。で、何を話したの?」母の言葉が皮肉から見下しの声になる。亜季はこれまでに何度かそんな母を見ていた。自分の美貌で男にとりいる女。控えめを前面に押し出しながら欲しい物を手にする女。人の家庭を弱々しさを武器に壊す女。そういうものに対する母の嫌悪感はこれまでは沈黙の怒りで表現されていた。でも今日は少し違う。体中から込み上げる軽蔑という感情が母を染める。「少しだけパパの秘密を知っただけ・・。」と亜季が小さい声で呟く。「そう。知ってしまったなら隠しても仕方ないわね。でももう過去の話。だから忘れなさい。聞いた事全部。覚えていてもなんの役にも立たない事。第一あなたの人生にはなんの影響もなかったんだから。この家庭はちゃんと続いているしね。あの人が何を言ったにしてももうけりはついてる。だから二度とその話をこの家に持ち込まないで。」そう言うと母は厳しい目で亜季を見つめた。その厳しさはは無理やり過去の事にしているように亜季には見えた。でも知りたいという気持ちはやっかいで亜季の言葉はここでとまらなかった。「本当に終わってるの?だってママのマルシェへのその言い方が変!マルシェは本人ではない。浮気したのはマルシェのお母さんなのに・・そして・・パパなのに。」こうして亜季はいつも人を傷つける。そして自分も傷ついていく。むやみに本当を知ろうとする事で後から押し寄せる大きな波紋を想像できない幼い亜季だった。 18,亜季・・母と亜季、庭の陽射しが一瞬にして亜季と母の間に緊張が忍び寄る。緊張というのはあらわに吐き出された怒りや悲しみより重苦しい。母は何も言わず横を通り過ぎ部屋を出ていった。ただしお互いがすれ違う時には棘のような神経がふたりの間を交錯する。亜季は暫くの間その場に座り込みただぼんやりと夏の陽射しを浴びた絵のような幸せが漂う庭を眺めていた。そして母は二階の部屋でささったばかりの棘を見つめている。ずっと昔幸せを信じ、まだ生まれたばかりの紀美を抱き花の名前をゆっくりと教えていた庭を二階から眺めながら。 亜季の母、理沙は幼い頃からなりたいと考えていた自分が卒業した女学校の教師になった。大学に入った時は誰にとっても厳しい戦争の中。明日家族がみんな生きてるかどうかもわからない日々。そして5年上の亜季の父研も大学を卒業したばかりで3日後には敵地に行くという日に終戦の玉音放送を聞いたらしい。それを聞くと確かにいろんな場面で父は運が言い方かもしれないと亜季は思う。ただそれを言うならそんな戦争を知らずに育つた人はみなある意味運がいい。忘れがちだけど。そして戦後、父は先輩の勧めもあり外務省に。母も戦後大学に戻り卒業後教師に。そんな二人がどこで出会い、恋をしたのかは興味もなかったが母が姉を産んだ時にみずから夢だった教師をやめた事を考えるとそれなりに覚悟を持つた結婚だったのかもしれない。父は穏やかなタイプ、母は実家の両親を見習い良妻賢母を目指していたよう。それが‥多分父の不倫で母は相当傷ついたのは亜季にも想像できた。勿論(何故あの父が!)とは思うが人生はきっと自分で自分を疑うようなことをしてしま事もあるかもしれない。姉の紀美はこの事を知った時ショックを受け、父に腹が立つたと言う。亜季は・・瞬間のショックはあつたが父に腹が立つことはなかつた。何故ならいつからか亜季は家族の感情は家族であっても違っていい。ただ相手がどう感じているか知る事ができればそれでいい。家族だからと同じ感覚である必要はない。ただ、それぞれが何を感じているか知る事の方が大切なのかもしれないと思うようになっていた。そしてこの隠し事を知る中でマルシェの母と彼女はこの事実を二人で分け合えたのだろか?と言う疑問ともう一人の姉と言う存在に嫌いだけど彼女を知りたいという自分の気持ちに気が付きはじめていた。午後の陽射しを二階の窓から眺めながら母は思う。(あれからもう何年・・?子供達には知られたくなかった。とくに亜季に。何故かしら・・あの子は難しい子だから。妙な正義感が若い時の私に似てる?それにしてもどうしてこんな結婚に。どうして時がたっても思いだすと辛い?どうして私は仕事を辞めて幸せな家族をつくるという道に懸けたのだろうか・・?)そして亜季は家族の笑いが響いた居間からひとり庭を眺めて思う。(忘れなさいと言った時の母の顔は厳しかったけどなんとなくいつもと違う。なんていうのか・・悲しそう。もしかしたら私が見てきた母は本当の母とは違うのだろうか?まだ小学1年生、2年生の頃の母はよく笑う人だった。悔しさが母を変えてしまったのだろうか?そしてそんな思いを抱えたままこの家を支えてきたのだろうか?)こんな考えに埋もれながらふたりは別々の場所で幸せな思い出がつまった庭を見ていた。