ストレスの恐ろしさ 目が見えない
私はしばらく寝ていない
寝ていないの眠くない
先日
医師と父のことを話す時
過呼吸ぎみになるとともに
目が見えなくなった
眼鏡が雲っているの?
何度も眼鏡を外し
目を擦る
それでもぼやけて見えない
しばらくすると少しずつ見えてきた
もしかしたら
私にも病が隠れているのかもしれないけれど
最近強いストレスを感じると
同じようになる
こんなんでは
この先父を診ることはできない
苦しい相手に憑依してしまい
後ろ向きな考えしか思えない性格
ダメだ
これでは倒れてしまう
父から殺してくれと言われたら
親から
「殺してくれ」
と言われた人はどれくらいいるだろうか?
癌サバイバーの父が透析をスタートして三年目
かなりしんどくなってきているようです
この一週間かなり血圧が下がってきて
いつ透析ができないと言われるかわからない日々です
透析は死ぬまでやらなくちゃいけないのよね
よく聞く言葉ですが
死ぬまでじゃなく
続けられなくなって亡くなることも
かなり多いんです
続けられなくなればそれは
数日で命が無くなる
透析を導入した時点ではそこまでは考えていませんでした
透析をしているうちに
何かの病にとは思ってはいましたが
いろんな理由で透析ができなくなるんです
透析は身体にかなりのダメージを与え
老いた父は耐えられなくなっているようです
導入してから
心臓がみるみる悪くなり
何度か治療をしました
できるだけのことをしてあげたい
そんな気持ちで今までやってきました
でも今
どうにもできない事態が起こっています
父の前では笑っていますが
ずっとずっと一人で泣いています
友達に電話しても苦しみが減ることはなく
苦しくて辛いです
そんな中
父が
「辛いから殺してくれ」と
いっそ
父を殺して私もと思いました
若くして亡くなった母
母が居なくなってから不器用な父は
懸命に私達姉弟を育ててくれました
愛情表現は下手だけど
優しくてユーモアがあって
大好きな父
その父の願いならと
でも
逝きたいは
生きたいんだよ
父はまだ生きたいんだ
それがわかった
けれど
昨日は血圧が下がりすぎて
透析で水を引くことができなかった
とうとう来たか
私は即座に介護休職を決意した
最初に癌を治療してくれた医師が
まだできることはある
やってみよう
そう言ってくれた
五年生存率が10%無かった時
医師が鉄人だ!と言うほどの奇跡をおこした父
医師も私も
奇跡よもう一度と願い
明日の入院を決めた
前向きばかりではいられない入院
父は良くなると信じている
殺してくれと言った父が
人はいつか必ず死ぬ
けれど
今はまだ諦めたくない
父が諦めていないのなら
生きることを諦めていないのなら
私も諦めない
そう決めた
父
思い返せば10年以上前。
免許の更新に行くバスの中で、
それなりに年を重ねた男性が深刻な電話をしていました。
母親が危篤のようで、ひどく動揺し、
聞いている私もドキドキが止まらない。
静かなバスに響く声。
それなりのお年だから、お母様もそれなりのお年なのだろう。
けれど、切なく苦しそうな会話に胸が痛んだ。
人はいくつになっても、親の死を受け入れて、
冷静になんてだきないんだな。
そう思っていると、男性は慌ててバスを降りた。
そんなことがあった翌日、我が家の父に癌が見つかり、
そこから私の苦しみが始まる。
母は若くして亡くなっているので、我が家は父と私と弟の3人。
それなりに、仲良くやってきた。
私は、突然亡くなった母に、何もしてあげられなかったので、父には精一杯のことをしたいと、ずっと考えていました。
がしかし、動揺動揺💦
肝臓が真っ黒になるくらい、癌は肝臓に住み着いていた。