僕はは若い頃、といっても10年ほど前20歳くらいの時に蒔絵師になろ
うと、とある偉い先生の元で弟子入り修行をしていた事がある。
輪島市というのは朝市なども有名だが、輪島塗も有名だ。
その輪島塗の製造工程で、一番最後に漆と銀と金などの材料を使って
蒔絵を施すのが蒔絵師なのである。
父は蒔絵師をやっていた。その先代も蒔絵師だった。
僕は高校を卒業して、大学や専門学校などへ進むか普通に就職する道
もあったのだが、一攫千金を夢見ていた僕は迷わず蒔絵師になること
を選んだのだ。
なにせ一人前になって仕事があれば儲かる額の桁が違う。
一週間でサラリーマン一月分くらいの給料などは楽に稼げてしまう。
小学校終わりから中学生の頃はちょうとバブルの時期で、父も沢山の
腕の良い蒔絵師の職人さんを抱えて家は大にぎわいをしていた。
そういう父の後ろ姿を見て僕は大きくなったのだ。
しかーし、世の中はそう甘くはない。
高校へ入った頃だと思うが世の中はバブルが弾けてしまい、仕事が激
減してあれほどいた職人さんも一人二人と辞めてしまい、しまいに父
は体を壊してしまった。
僕が高校を卒業する頃には父は入退院を繰り返していて、それから3
年後にはあの世へ行ってしまう。父にはたくさんの事を教えて貰った。
「街中を裸で歩くことを思えば、女の子に声かけるなんて簡単」
とか。
高校を卒業して弟子入りはしたものの、弟子なのだから給料などは貰
えない。小遣いという名目で最初は一月2万円から始まって、3年目に
は3万円くらいにはなかったが早く一人前にならないと、普通に暮らし
ていけるわけがない。
通常は4年で一人前とされている。しかし父もいなくなり修行半ばだっ
たのだが、経済的な理由もあってこの道は断念して普通に働く事に。
そして今の会社へ就職し現在へ至るのだ。
最近母上がお茶のお稽古用に使うというので修行中に途中まで描いて
そのまま放置してあった棗を、母上に手伝って貰って久しぶりに筆を
持って仕上げてみた。
_, ,_ パーン
( ゜д゜)
⊂彡☆))∀・)
やはり僕はこの仕事が好きだ。いつかまた必ず…。