今回のテストは、国語科教育と、生活科教育と初等生活科です。
国語って、最近、考えさせるように学習指導要領はなってるんですね。
本当に、いつも感心しますが、学習指導要領はよくできている。
話すこと・きくこと
書くこと
読むこと
この切り分けも当たり前だけど、すばらしいと思う。
話すことと聞くことはセットだし、
今、必要なのは、読むことはもちろんだけど、
「書くこと」だし。
前回のブログにも書いているが、
「書くこと」は今の時代だからこそ、必須な学びの一つだといえるだろう。
ただ、読むことや、話したり聞いたりしないと、
知っている語彙力は伸びない。
国語の教科書に、面白い記述があった。
フランス語は5000語覚えれば、96%理解ができる。
しかし、日本語を96%理解するためには、22000語覚える必要がある。
とのことだ。
なるほどなと思う。
日本語は、書くこと」が加わると、カタカナ、漢字が難しいし、
「話すこと」でも、同音異義語も多い。
略語も本当に多い。
エアコン、リモコン、パソコン
もともと英語だったとは思えない進化系。。
そうやって考えると、
日本語は世界で一番難しい言語のうちの一つなのではと思う。
よく英語の授業をやっていると、生徒が、日本語が公用語ならいいのに。。
と文句を言うわけだが、それは無理な話だと思う。
だって、アルファベットは26文字でなんとかなるでしょって。。
いつも、この話になるわけですよ。。
そうやって考えると、国語科教育は必要なことだけど、
教えるというのは、本当に難しいのではと感じる。
よく問題になっていることで、
最近、読書量が減っているという記述も多く見受けられるのだが、
実際、本当にそうなのかは、私は少々怪しいと思う。
読書は減っているといっても、活字に触れる機会は、
以前より増えているのではないかということだ。
というのも、最近は、SNSをはじめ、ブログなどを読むことは増えているからだ。
ただ、それで日本語独特の表現が伝承できるかといったら、無理だろう。
正しい日本語というものは、どんどん崩れていく。
そして、新しい言葉が産まれていく。
これは、英語だって同じなんだろうなと思う。
言語というものがそういうものなのだと。
そうやって考えると、国語を教える意義って。。
と、いろいろ考えるわけだ。
国語の教科書に、もう一つ面白いことが書いてあったが、
能楽に出てくる言葉を昔の人はしっかり理解できていたからこそ、
能が楽しめたと。
うむ。
日本の伝統として、能や歌舞伎を伝えていきたい。これはよくわかるし、
私も大切なことだと思う。
それでも、歌舞伎を見たときに、ガイドがないと、私はさっぱりわからなかった。。
それなのだとしたら、義務教育の中に、
もっと古典として、歌舞伎や能によく出てくることを覚えさせるべきなのではないか。
祇園精舎の鐘の声とか、いまだに暗記させられている中学生。
これが正しかったのか、私はいまだによくわからない。。
まぁ、短歌とか俳句はわからないでもないけれど。
むぅ。
国語科教育、必要なことはわかっていながら、
日本の伝統や文化を伝承するためにも、国語科教育が必要
という表記が、どうも腑に落ちず、
自分の中でも、まとまらないなぁと思う、今日のブログでした。
国語って、最近、考えさせるように学習指導要領はなってるんですね。
本当に、いつも感心しますが、学習指導要領はよくできている。
話すこと・きくこと
書くこと
読むこと
この切り分けも当たり前だけど、すばらしいと思う。
話すことと聞くことはセットだし、
今、必要なのは、読むことはもちろんだけど、
「書くこと」だし。
前回のブログにも書いているが、
「書くこと」は今の時代だからこそ、必須な学びの一つだといえるだろう。
ただ、読むことや、話したり聞いたりしないと、
知っている語彙力は伸びない。
国語の教科書に、面白い記述があった。
フランス語は5000語覚えれば、96%理解ができる。
しかし、日本語を96%理解するためには、22000語覚える必要がある。
とのことだ。
なるほどなと思う。
日本語は、書くこと」が加わると、カタカナ、漢字が難しいし、
「話すこと」でも、同音異義語も多い。
略語も本当に多い。
エアコン、リモコン、パソコン
もともと英語だったとは思えない進化系。。
そうやって考えると、
日本語は世界で一番難しい言語のうちの一つなのではと思う。
よく英語の授業をやっていると、生徒が、日本語が公用語ならいいのに。。
と文句を言うわけだが、それは無理な話だと思う。
だって、アルファベットは26文字でなんとかなるでしょって。。
いつも、この話になるわけですよ。。
そうやって考えると、国語科教育は必要なことだけど、
教えるというのは、本当に難しいのではと感じる。
よく問題になっていることで、
最近、読書量が減っているという記述も多く見受けられるのだが、
実際、本当にそうなのかは、私は少々怪しいと思う。
読書は減っているといっても、活字に触れる機会は、
以前より増えているのではないかということだ。
というのも、最近は、SNSをはじめ、ブログなどを読むことは増えているからだ。
ただ、それで日本語独特の表現が伝承できるかといったら、無理だろう。
正しい日本語というものは、どんどん崩れていく。
そして、新しい言葉が産まれていく。
これは、英語だって同じなんだろうなと思う。
言語というものがそういうものなのだと。
そうやって考えると、国語を教える意義って。。
と、いろいろ考えるわけだ。
国語の教科書に、もう一つ面白いことが書いてあったが、
能楽に出てくる言葉を昔の人はしっかり理解できていたからこそ、
能が楽しめたと。
うむ。
日本の伝統として、能や歌舞伎を伝えていきたい。これはよくわかるし、
私も大切なことだと思う。
それでも、歌舞伎を見たときに、ガイドがないと、私はさっぱりわからなかった。。
それなのだとしたら、義務教育の中に、
もっと古典として、歌舞伎や能によく出てくることを覚えさせるべきなのではないか。
祇園精舎の鐘の声とか、いまだに暗記させられている中学生。
これが正しかったのか、私はいまだによくわからない。。
まぁ、短歌とか俳句はわからないでもないけれど。
むぅ。
国語科教育、必要なことはわかっていながら、
日本の伝統や文化を伝承するためにも、国語科教育が必要
という表記が、どうも腑に落ちず、
自分の中でも、まとまらないなぁと思う、今日のブログでした。