ちょっと前まで、割とカジュアルな時計が欲しかったんです!
遊びにいく時にしてて、割とカッコイイ感じの。。。
2012年1月21日、じいちゃんが亡くなった。
親族の死に直面したのは初めてだった。
自分の中でも気持ちが落ち着いてきたし、振り返ってみたい。
その日の自分は、都立多摩総合医療センターにいた。
プログラム説明会の10分前に親から電話がかかってきて、
「じいちゃんが倒れてCPAになって、なんとか蘇生した。帰ってこれる?」
とのことだった。
蘇生して今は安定しているとのことだったので、昼まで説明会を受けて、終わったら名古屋に帰ろうと考えていた。UCLAに行くことを考えると、多摩のプログラム説明会に出れるのは最後のチャンスだった。きっと心の中で、じいちゃんは大丈夫だろうと思い込もうとしていたんだと思う。
1時間半後、呼吸がだんだん浅くなってきて、少し苦しそうだという旨のメールが届く。
その30分後、ばあちゃんと母は人工呼吸器をはじめとする延命措置をとらないことを決めた。
説明会中、何度も抜け出そうと思った。
しかし終了時間も近づいていたため、結局最後までいてしまった。
終わってすぐ、タクシーで駅に向かい、電車に乗ろうとしたところで
じいちゃんが亡くなった
とのメールが届いた。
じいちゃんとばあちゃんは、名古屋の実家の近くに住んでいた。
自分は2人にとって最初の孫で、それはそれは可愛がってもらった。
小さい頃、親とケンカする度に、家出先はいつもじいちゃんのところだった。
ここにいれば、自分は無敵だと思っていた。
じいちゃんはいつも笑っていた。
強気なばあちゃんのイライラを包み込むように。
どの場面のじいちゃんを思い出しても、やっぱり笑っている。
そんなじいちゃんが昔から大好きだった。
小学校2年生頃になって、そんなじいちゃんが交通事故にあった。
自分はそのとき「死」というものを初めて考えた。
幼いなりに。
死んだらどうなるんだろう。
土の中で一人ぼっちなのかなぁ。
よく分からなかった。
でもとりあえず確実なのは、死んだ人にはもう会えないってこと。
当たり前すぎる事実に気付いたとき、とんでもなく悲しくなった。
それと同時に思った。
医者になろうと。
これが、最初のインスピレーションだった。
とても浅はかで弱い自分は、自分が医師になることで大切な人を守りたかったんだと思う。
苦しんでいる人を助けるとか、そういう崇高な動機じゃなくて。
それがスタートなはずだったのに。
じいちゃんは誰よりも自分の夢を応援してくれた。
高校時代、体調を崩して保健室登校してた時、無理して送り迎えしてくれたのはじいちゃんだった。
長い浪人生活中には、誰よりも気負ってる自分を理解してくれて、
「ぼちぼち頑張れよ」(マイペースに頑張れよ)
と言ってくれた。会う度に。
じいちゃんは多くを語らない。
ばあちゃん以外には。
じいちゃんの家に着くまでの道のり、後悔の念はもちろんだが、心のどこかで家族から責められることを恐れていた。すぐに帰らなかったことが、うしろめたかったんだと思う。そんな自分が嫌だった。
じいちゃんの家に着き、冷たくなったじいちゃんの横にばあちゃんと座った。
ばあちゃんが静かに、じいちゃんに向かって語りかけた。
「しんちゃんが来てくれたよ。忙しいのに。東京からわざわざあんたのために来たがね。
あんたは馬鹿だねぇ。しんちゃんに診てもらうのが、あんたの夢だったでしょうが。
死んでどうするの。」
ばあちゃんはいつもの口調で話しかけていたが、その目から涙が止まることはなかった。
じいちゃんは亡くなる直前、呼吸も弱く朦朧とする意識の中で、ばあちゃんの声のする方を必死に見ようとしていたようだ。ばあちゃんは
「もうすぐしんちゃんが来てくれるからね。」
と呼びかけていた。
と母から聞いた。
自分が到着したところで何もできやしない。まだただの医学生だ。
でも、聴診器をあてたかった。脈をとってあげたかった。
状況を考えれば医学的な意味があるとすればひとつだけ。
でもきっと、じいちゃんにとっては大きな意味があったはずだ。
お礼を言いたかった。じいちゃんのおかげで、あと一年頑張れば医者になれるよと。
誓いたかった。必ず立派な医者になるからねと。
安心させたかった。ばあちゃんも母さんも、みんな僕が守るからねと。
何かできたはずなのに
何もできなかった。
出棺のとき、ばあちゃんが最後にじいちゃんに口づけをした。
いつも強気で、じいちゃんを責め立てていたばあちゃんが。
最後の言葉は
「しんちゃんを守ってやってよ」
だった。
どれほど2人に愛されていたか、ひょっとすると今でも分かりきれてないと思う。
それほど自分は愛されていた。
ばあちゃんがこっそりと教えてくれた。
UCLA行きが決まってから、じいちゃんは内職でお金を貯めてくれていたようだ。
頑張っている真悟を応援するのが生き甲斐だと言って。
そしてひとつの時計をくれた。
じいちゃんの形見だった。
正直自分の欲しかったのとは全然違うけど、
カッコイイもなんも、めちゃくちゃシンプルな時計なんだけど、
それでもその時計を、ものすごく気に入っている。
その時計をすると、自然と背筋が伸びる。
自分が今できることは、何か。
小学校2年生のあの時から、時は流れて、医師としてのビジョンは未熟ながらも広がっている。
ただ初心を忘れず、じいちゃんに恥じない立派な医師になるべく努力していきたい。
