ソウル中心街にそびえる巨大通信会社「BigEast」の本社ビルは、24時間、人の出入りがあることで有名だった。
全面ガラス張りの高層ビルは、真夜中でも多くのフロアに電気が煌々とついている。
有名建築家が作ったビルは、夜になると一際美しい光を放つことで有名で、通称「光の巣箱」と言われた。
その「巣箱」の中では無数の働き蜂が寝る間もなく働いていたわけだが、その現実に目を向けるものはほとんどいなかった。
春の異動でこれまでの研究所勤務から本社勤務へ異動となったシム・チャンミンも、その巣箱で働く一人だった。
本社でのマネジメント業務を担当させられる研究者は、エリートコースに乗った者だった。
シム・チャンミンも、研究員仲間からは将来につながる名誉の異動だと言われ、上司にはこれからが試される期間だから存分に頑張るようにと言われて本社へ送り出された。
自分でも頑張るつもりだったし、実際頑張っていた。
だが、本社での毎日は想像をはるかに超える厳しさと、終わりのない焦りの連続だった。
元々あまりコミュニケーションを得意とする人間ではなかったが、今は周りとの折衝や調整で忙殺された。
社交的な後輩がいとも簡単に調子良くやってのけることに、彼は時間を要した。
相手のいる昼の時間をそれらの対応に追われたため、思考を必要とする研究的な業務は定時以降に開始せざるを得なかった。
研究業務も期限や成果を厳しく求められたので、帰宅はよくて深夜。
ひどい時にはシャワーを浴びに家に戻るような生活だった。
土日も、平日に終わらなかった業務を片付けるため、連日出社した。
研究所時代は設備を使う日以外は比較的在宅勤務もしやすかった。
一方で本社は、いかに本社ビルにいるかが誠意の指標のように受け取られていたし、実際出社しないと進まない事項があまりに多すぎた。
合理的思考の観点から言って、フラストレーションも溜まった。
ただ、本社勤務になってからまだ成果を出していない彼には物申せる状況ではなかったし、物を申した時点で、業務の大半である調整などがしづらくなることは間違いなかった。
最初の1ヶ月が過ぎた。
自分の時間が必要な性格だったシム・チャンミンにとって、自由な時間のない毎日は苦痛極まりなかった。
2ヶ月が過ぎた。
会社を辞めたすぎて辞表の書き方を読んだりもした。
3ヶ月が過ぎた。
体重が減り始めた。
辞表などすっ飛ばして、ある時ブチ切れて辞める時が来そうな自分がいた。
その日は7月6日だった。
夜の11時30分を少し過ぎた頃、目の端に映る光の点滅に気を取られた。
大通りを隔てて、この本社ビル「光の巣箱」の向かい側にある高層ビルは、2ヶ月前から改修工事が開始され、夜になると大掛かりな作業が行われていた。
シム・チャンミンのいる10階フロアからは、その工事車両の出入りがこれまでにもよく見えているはずだった。
だがいつも自分のことに精一杯で、改修工事のことなど気にしたこともなかった。
それでも、さすがにその晩の赤い光が瞬く様子には気づいた。
小さな棒状の赤い光だった。
ふと目を止めたその光は意味を持った言葉を伝えてきていた。
〈アシタハハレルヨ〉
点滅する赤い光はそう読み取れた。
モールス信号だった。
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