自分の卵子を諦める、ということ
「もう、自分の卵子では難しいのかもしれない」自分とは切り離して考えないと何も結果は出ないのかも知れないって思い始めました。卵子提供が結構話題になって、普通に行われている流れを正直すんなりと受ける事は出来なかったです。誰もが思うと思うんですけど・・・我が子として、愛せるのか?産まれた子供を見るたびに自分はどう?思うのか?子供に話すのか?話した後、どうなるのか子供にとってどうなんだろうって採卵してその結果が優れなくて、その状態がギリギリでも移殖して移植がうまくいかなかったたびに落ち込んで、病院側は可能性は無きにしも非ずこれって酷な言葉ですよね。あの頃にもっと真剣に考えていレバ…もっと早く治療を進めていレバ…もっと早く決断していレバ…完全にタラレバ女ですよ。時間は戻ってくるわけじゃないけど、自分の卵子を諦めるなんて情けない他人の卵子をもらって命をさずかるなんて、情けないこれが私の正直な思いでした。私にとってはかなり複雑で人生最大の難問でした。自分の遺伝子をつなげないこと。自分に似た子を想像することを手放すこと。母から私へ、私から子どもへ。そんな当たり前のように思っていた流れが、そこで止まるような気がしました。だったら卵子提供で生まれた子は、私の子ではないのか?卵子提供者ってどんな境遇の人お腹の中で育て、産むのも自身。育てるのも受けた夫婦・・・そう頭では分かっています。…でも、心はすぐには追いつかないのが正直な現実。みんなどうやって決断したのか日本は卵子提供者大国ですよね。日本人ではない別の国の方から受けてる方達も多い様です。いいのかなぁ?別に国際結婚の人たちもメチャクチャ多いのでそれはお互い好きになって結婚したわけですから良いのですが、卵子提供で日本人じゃない方から頂くのは・・・あり?なし?まず、そこがネックに身動きが取れない。一人で悶々と混乱の日々を送ってました。散歩は気晴らしに抜群です。