46歳、妊活を切り離す事が難しかった日々
なんか、記録を残した方が良いかと思って、呟きと言う感じで読んでください。私の気持ちの整理になるかと思います。そして、共感できる方が居たら、気が向いたらコメントお願いします。私は46歳になっても妊活をやめられませんでした。やめた方が良いのでは?ないかと思ったことは、何度もあります。もう十分頑張った。もうこれ以上、自分を傷つけなくてもいいでも、モヤモヤして治療で頑張って通った日々がオーバーラップする夜もありました。やめると決心するのは、治療を続けることより難しかったです。「もうやめよう」その言葉を口にしたら、本当に終わってしまう気がしました。子どもを抱く未来も、旦那さんをパパにしてあげる未来も、私たち夫婦の中にずっとあった小さな夢も、全部そこで閉じ込めてしまう気がしました。私たちは東京郊外の、特別広くもないマンションで暮らしています。大好きな旦那さんは普通の会社員。役職はありです。私は小さな会社で経理の仕事、結構勤務歴長いです。決して派手な生活では無く、地道にコツコツ頑張ってます。毎月の生活費と住宅ローンを考えながら、少しずつ暮らしてきました。それでも、心のどこかにはいつも「子どもがいたら」という願いがありました。この部屋の隅に、ベビーベッドを置けるかなぁ?愛犬と一緒にすごせるかなぁ~?この棚は危ないから、いつか片づけないといけないなぁ~と思ったり、デパートでベビー用品売り場の階をエレベーターで通り過ぎる時に、チラッと目に入る小さいカワイイグッズのディスプレイ・・いつか堂々と買いにこの階に来たいなぁとか・・・カワイイ服かってママキッズでペアにしたいなぁ~とか・・・そんな些細な想像を、何度もしていました。私は13回、体外受精を経験しました。13回…文字にすると、ただの数字に見えるかもしれません。でも、その一回一回に、注射があり、採血があり、期待があり、薄っすら結果を期待しながらも同じどん底の結果を繰り返しました。採卵は出来ても、数が少ない。受精しても、育たない。移植しても、着床しない。陽性になっても、続かない。その繰り返しでした。…最初の頃は、まだ普通に涙を流す元気がありましたが・・こんなに続くとは自覚していなかったんでしょうね。回数を重ねるうちに、その涙を流す場所も変わっていきました。旦那さんに気づかれない様にお風呂で静かに泣いたり、休みの日に一人でわんわん泣きつくす。会社の誰かの妊娠の話を聞いた時は最悪!職場のトイレの中で泣けてくる・・・目が腫れない様にそして、なにも無かったかの様にしてトイレを出る為に、中でメイクと深く一呼吸。なんか・・そんな自分自身にもやんなちゃってある夜、私は夫に話してみました。「私、いつまでやるんだろうね?」旦那さんは少し沈黙・・・「もしもやめたいと思う気持ちがあるって事は、辛いんでしょう?だったらやめてもいいと思うよ。それだけが夫婦の意味じゃなないじゃん、別の楽しみ方を育てたらいいさ」っと・・・その辛いんでしょうの一言は、あぁ~ちゃんと一緒に頑張ってくれたんだなぁっと、なんかしっくり感じて、力が抜けたのか?私は・・・泣きそうになりました。「やめてもいい。」そう言ってもらえたのに、私はやめられませんでした。どうしてか?分かりますか?「やっぱり旦那さんに子供を授けてあげたい」その思いがこみ上げたんです。だから、ゴメン・・もう少しやってみるよ。だからもう少し付き合ってね。っと言いました。その時43歳…この年齢になると、時間という言葉が重くなります。勿論遅すぎ自覚していますよ。今、決めないと・・・今、進まないと・・・この年齢で産んでる人は多くは無いけど、居ない分けでも無い!今、やらないと、もう間に合わないなぁ・・・待ったなし!そんな焦りが、「可能性」として、いつも私の背中を押していました。妊活を続けているのか?それとも、やめる勇気がないだけなのか?どっちでしょうかね?その境目が、だんだん分からなくなるけど、深く考えると辛くなるからあえて見ない様に・・・結局46歳になっても妊活をやめられなかった理由は、結局、強い人間だったからではありません。でもって、前向きだったからでもないんです。結局のところ、ただ、諦めることが怖かったのですよね~。私はまだ、どこかに小さな希望があるような思いの中に居たかったのかと思います。