どーも、お元気ですか。
身内の方もはじめましての方も閲覧していただき、ありがとうございます。
私は結構アメリカの書籍やフランスの新聞、CNNに情報商材といったところまで複数の手段で情報収集するよう意識的に心掛けています。
そんな中、今週とある出来事がきっかけで、見分の実とはヒトの願望だという解釈が深化するようなイベントがありましたため、今回は「高血圧の薬」という思慮について打ち込んでいこうと考えています。
「人の不幸せのタイプは人それぞれなのだが、幸せは同様である」というフレーズがあります。
高血圧の薬というデザイアはその中の1つの幸福の形であると思います。
人は幸せの姿は一色であるからこそ、その幸せの姿に目指そうとたくさんの者と周知しようと試しています。
人間はまず言葉を創作し、周囲の人間との情報共有し、文字を利用することで、その文章を作成した作者と周知しようと試行錯誤してきました。
知らせるやり方としてはTwitter、web、Mixi、メールマガジンとしては現在進歩しているだけです。
では、内容物についてはどーでしょう。
情報の内容は詳細化すれば多様にみえますが、先述したとおりタイプは一色です。
高血圧の薬という欲求も過去から同様にあったうちの一つなのです。
ここで一つ疑問が思い浮かびます。
コンテンツ 中身 内容物 情報の内容に対しては同様であるにもかかわらず、どうして情報共有仕方によって情報の質が左右されてしまうものなのでしょうか。
ぼくには、書籍のテーマと、情報商材のテーマとは同様にも関わらずやはり図書の見分をより膨大に入手しようとしており、情報商材は書籍に比べればそこまで活動的に得ていません。
コンテンツ 中身 内容物 情報の内容が同種であるならばそこに雌雄を明確にする必要もないはずなのですが。
ここで関係してくることは同じ高血圧の薬ということを取り扱ってはいても、僕にとっての情報の信憑性が異なるためなのです。
ニュースは新聞社が責任をもって発信している見分であり、Facebookや情報商材はどこの誰ともわからない人が情報を公開している知識であるためです。
では情報の合法性はどのように皆さん意識せず判断しているのでしょうか。
国外のニュースを見てみると、日本ではまったく異なる方向で報道していたり、情報の合法性というものを突き詰めて考えてみると、書物や新聞の情報が信憑性が高いということは、証明する方法もなく、ただ「正真正銘が高い」ということを盲目的に信じ込むことしかできないのではないだろうか。
むしろ僕たちは、情報収集やり方を先入観で制限してしまい、逆にかたよりがあるデータを得ているのだと考えるようになりました。
こう思うようになったきっかけは、このまえ高血圧の薬関連の情報商材を見ているときのことでした。
ふと記してある内容で以前真逆の主張をしている書物があったことを思い出しました。
私は、この情報商材が嘘の内容を記載していると思い、とても憤慨し意見を出そうとも思いました。
しかし、ネット上で詳しく調査してみると書冊で記入していることが間違いで、情報商材に記入していることの方が正しかったのです。
わたしは驚かされました。
情報入手メソッドに関して、意図して複数の入手方法を設けて偏りのない知見を入手する努力をしているはずだが、知らず知らずに書物の知識は正真正銘さが高く、情報商材は信頼性が高くないと考えをもっていたことにです。
皆さんも無自覚のままにお内情に固定概念をもってしまっている人類も多いのではないでしょうか。
しかし、かといってお金や時間は無尽蔵にあるわけではないので、優先度をつけて見分入手していくことは正しいです。
実際に情報商材は高額なケースが多く、書籍は安価な時が多々あるので、書籍の割合が多くなってしまうのはしかたがないのですが、やはり能動的に膨大な情報収集やり方を設けておくこと、見分の信憑性という膠着した考えは可能な限り読む際には排除しておくことが大事だと思います。
評価の高い早漏ブログにはセロトニン のことが書かれていましたが、高血圧の薬においては、特殊な知識であるケースが多々あるので情報商材の方が入手しやすいかもしれませんが、逆に書籍での情報収取を心掛けておくべきかもしれません。
つまるところ情報の合法性というのは立証がないのですから、膨大な見分を得て、自分の内で情報の体系化をしていくことでしかないだろう。
つれづれと書いていたのに、おかしな文章になってしまいました。
ごめんなさい 笑
