夏の高校野球から北神奈川地区大会の決勝戦(於・7/27日曜に横浜球場にて実施)、慶應義塾高校が強豪東海大相模を延長の末のこと劇的に下し、実に46年ぶりの甲子園出場を決めました。両校のいずれが勝っても不思議ではない緊迫の決勝戦でしたが、勝ちたい意思で勝った側が結果的に勝ったのと思いました。同校出身の旧知の友人が私とてありますもので、心よりお祝いを申し上げます。

常勝の横浜高校の厚き壁に阻まれ、半世紀近くに亘り夏の甲子園を実際に体感していない彼ら慶應義塾高校ですが、片や横浜高校は南神奈川大会でいち早く優勝を決めております。優勝旗の箱根越えを次は期待させて戴きます。

今日の人気を二分する両スポーツ(日本国内での次元ですが)、野球とサッカーの大きな差異は、前者が天賦を要する競技であるということであり、後者は体力的な条件次第で誰もが競技に参加するさえ可能ということかと考えます。皆が一緒に野球を“楽しめる”のは、せいぜい小学校時代までであり、中学生以降は野球部の同級生が本気で投球したボール等、やはり野球部の人間でなければバットにかすらないし、放課後のお遊び野球で打順が来れば、本来は右打者でも左打席で野球部員は自ら打ったりとハンディが必然と為ります。

絵画を描ける人や楽器を弾ける人は、何らかの見えざる天賦が備わって生まれていると私には思えますのですが、野球を中学生以降に長じてなお続けられる人にも、明らかに天賦の才が与えられてあるのと思います。絵(アート)や音楽のセンスが称えられても、野球人が秘める天性の凄さが評価され難いのは片落ちとも考えます私です。

当の私が小学生だった往時、野球はジャイアンツが不滅なるV9の途上であり、まさしく常勝巨人軍の様相さながらでした。主戦級の某投手が調整の休養明けに先発するも打ち込まれ、結果は負け投手となった夏場のゲームがあったのですが、

試合後の談話、負けの要因となった同投手の語るに、

(休養の)調整中に冷房の効いた部屋にばかり居たのが結果として良くなかったです・・」

敗戦投手が捲土重来を期す意思を自ら表するのに、冷房の涼しさの所為にするような響きで心もとないのですが、昭和40年代前期には、エアコン完備なる一般家庭なぞ未だ大変に少数派でありました。暖房はあったとて冷房までもが普及するのは、首都圏も`80年代に入ってからと思います。

冷房の効いた室内でずっと仕事をしたからではないながら、この週末になって体力的疲労が顕著でした。こういう時は残り野菜でスープでも自炊し、買置きのフランスパンと一緒に自室にて独り食するのが最上です。主にヨーロッパを周遊するツアー・コンダクターだった頃から、この食生活は欠かせません。ホテル部屋でも、スープを温めての自炊くらいは可能ですから・・。

フランス式の炊出しとはこのような食事で、ミネストローネにフランスパンの小片が貧困層に振舞われたり致します。これぞ、最も美味なる、また健康的なるフランス料理かも知れないとさえ私には思えます。

「フランスへ行けば、乞食だってフランス料理を食べている・・・」

大学時代に母校の教授である天沢退二郎氏(フランス文学者、詩人、童話作家)が述べられた言葉ですが、粗食好みの私には、フランス式炊出しこそ、御ご馳走かと思います。体力の落ちた時点、折返し時はこれに限ります。

独り住まいの私は、疲れが溜まれば会話なしに済む週末を好みます。TVから音声が聞こゆるのみで、それも日本語が聞こえております。

添乗訪問先の西欧諸都市では、TV音声も横文字の言葉が聞こえますが平素でした。それ等を聴覚に、とにかく疲れを削いだ若き日が思い出され、戦士はこのような局面になってようやく自身の老いを意識するものと感じました、無言なる週末です・・・。