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メディアとはもともと、媒介・手段といったことを指す。

これから始まるのは、素人による、素朴なメディア論である。

何らかの事象があって(これをAとする)、メディアがこれを情報にして(これをA')として、我々に伝えるというのが、最も単純化したモデルではないかと思う。

媒介であるが故に、基本的に事象の内容を反映して、事象を情報にする必要がある"はずである"。

媒介であるが故に、余計な情報を付け加えたり、主観的な私見を含めて、それをA'であるかのごとく伝えてはならない"はずである"。
それはもはやBという情報なのであって、それとAにもはや関係はなく、別個の存在となる。
だとすると、Bは、メディアのオリジナルの情報ということである。
ここでメディアの定義は媒介であるから、この場合もはやメディアは媒介をしておらず、メディアでくなることになる。

定義ありきで物事を考えるならこうなる。
そして、現状も上記のようになっていると考えて差し支えないように思う。

でも、それで思考をやめていいのだろうか。

現実の事象は、それをありのままに伝えたらあまりに面白味がない、または、社会通念上、到底伝えることができないのかもしれない。

前者の場合、メディアはある種のエンターテイメントとして機能し、
後者の場合、メディアはある種のフィルターとして機能することになる。

前者の場合、受け手としては、物事を単純化ないし、本質を見極めることが必要で、
後者の場合、受け手としては、メディアが"媒介"してくれた情報の裏側にある真実を見極めることが必要になると、言えるのかもしれない。

そもそも、"媒介"を求めた我々には、それを制御ないしコントロールする義務があるはずである。

メディアを考えるとき、事象・メディア・受け手、という3当事者の視点から考えることが必要ということが、とりあえず今日の結論だろうか。



P.S.

今日の短答式試験を受けられた方はお疲れ様でした!




Android携帯からの投稿

最近、某芸人の母親の生活保護の受領に関しては、何かとマスコミが報道している。

マスコミがとやかくというのは、また今度にして、少し考えたいのは、これに関する何人かの国会議員の先生の発言である。

一体どこまで、事実関係を把握し、ああいった発言をされたのか。
まさか、週刊誌のうけうりで無いことを願いたい。

国会議員が求められる趣旨は何か。

個別、具体的な事案について、個人的私見を述べることであろうか。

今回の場合、生活保護の不正受領の問題が世間を賑わせていることもあって、それと被せてしまった、
あるいは、
世間に名の知られた芸人ということを受けて、世間への影響を憂いたのかもしれないが………。



話は変わるが、適切な開示がなされている限り、投資家に自己責任の原則が求められることを、"投資家"は忘れてはいないだろうか。
お金を他人に預けるということの重みをもう一度考え直す必要があるのではないか。

我が国は本当に大きな政府で、官僚は高い給料、民間ではありえない手当を本当に受けていた、あるいは受けているのだろうか。
財務省が公表している予算を実際に確認し、会計検査院の検査結果を照らした上で、まだ疑義があるゆえの発言なのだろうか。

政府を小さくするということは、行政の提供するサービスの質、量が低下することに一切文句を言わないと宣言していることに等しい。
それを、自覚した上で、行政のミスをこれからも社会悪のごとく取り上げ続けていくのであろうか。


後半は主題と離れてしまったが、自らの言動が如何なる趣旨に支えられているか、説明できるようにしていかなければならないのではないか、ということである。

はちゃめちゃな文章になってしまったが、趣旨の大切さを、自分のなかで、再確認したかったのである。

ここまでの文章を読んで、不快に思われた方にはお詫び申し上げます。

少しでも共感してくださった方がいたとすれば、これからの社会のために共に行動していけたらと思うばかりであります。

P.S.

明日は短答式試験ですね。

受ける方へ。

僕から言える偉そうなことは、何もありませんが、
試験官のしゃべり方が面白くても、横の人の電卓が火を吹いても、前の人の貧乏ゆすりが大地を揺るがしても、後ろの人が自らの椅子を蹴飛ばしてきたとしても、

環境は貴方の頭の中には入ってこられません。

何とか耐えて頑張ってきてください!









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