FRESH AS a DAISY

FRESH AS a DAISY

いつかは日向にいきたいわたしが、いまみているもの。きいたこと。

モラトリアム。ホラとリアル。

Amebaでブログを始めよう!
はしりがき

物語の意味はわからなかったけど、よかった。そういうちからがあるんだとおもう。
でも、その観点でいえば、2012年の光のないのほうががぜんよかった。
ポツドールは、1年半前に芸劇で観た「夢の城」以来二度目。友だちに言わせれば、「公共のお金が入っていてあれを上演するのはすごい、興奮した」。確かにそうだけど、確実に流れる時間に対して起伏のない展開は、リアルを明確に捉えていると同時に、その起伏のない状況が快いものではないので、2度目はいいかな、と思った作品でした。そしてとびきり臭かった…(笑)

一方、本日観た映画「愛の渦」は、作品としてのあり方に興奮しました。スポーツとしてと気持ちが伴った時で、全く描かれ方が違うし、湿っぽくない。エロいけど、いやらしくない。(?)
物語の始まりとおわり(オチ)がしっかりとあった。

これはきっと好き好きだから、映画じゃものたりないという人もいそうだけど、わたしにはこれがちょうどよかったように思います。舞台版の再演があれば、ぜひみてみたいです。
おわりかけの映画を小さな映画館で。
長さ、終わり方、ふてくされ方がとくによかった。
前田敦子さんにとってはQ10に次ぐはまり役とおもわれます。涙もなければ笑いもないけれど、よい映画でした。
「今じゃない」「日本だめだなー」「自然消滅なんて久しぶりに聞いたし」「ま、そんなもんだな」「あの人友達いないから」…「合格」
数ヶ月前に行った演劇をふと思い出したので、走り書き。

小さなブラックボックスの中は、ふかふかのカーペットにしきつめられて、
その日、私は個性を失ったリクルートスーツに毛玉が着きやしないかと、きがきでなかった。

ぎゅうぎゅうにお客さんが推し込められた中、その演劇は開演する。

ぽつりぽつりと立ち上がって、少しずつ言葉をつむぐ人々。
その数は次第に増えて、20人くらい。あの空間にいたひとの、四分のいちは、少なくとも居たと思う。
そのとき不思議と、私も語らなくてはいけない衝動にかられたが、その必要はなかったらしい。

あとはその空間の隙間を縫いながら、物語は展開していく。

劇場の中での劇場外演劇を感じた作品のひとつ。
またいつか、丁寧にかく。
バイタリティーと
○○○と
少し先をいくこと

ことばはすぐに忘れてしまう。
思い出もすぐに忘れてしまう。
あのときの音も、むねの動きも
全部からっぽの吹き出しになってしまう。

わすれてしまう。