日々の生き方を問う。 | 福見荘

日々の生き方を問う。

循環型農法でつくられたネーブルを天日に干したもの。
冷え予防のために、お風呂に入れます。
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昨日、鎌田實先生のお話を聞きに行きましたが、
涙をこらえるのに必至でした。(以前アップした鎌田先生の心に響いたお話→★ )

下手したら、最初から最後まで泣いていたかもしれません。
それは隣にいた相方も同じ。
どうやら私たちふたりは、涙腺が弱いようです(笑)

さて今日は、その鎌田先生の講演の中で、私の心に響いたお話をご紹介。

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■誰かのため・・・が希望を生む。

42歳の母親が3ヶ月の余命宣告を受けたのは、長女が高校3年の冬。
娘の卒業式をどうしても見たい、との願い、希望が母親の体を変え、
次女の卒業式まで生きることができた。
1年8ヶ月も生きることができた。

その間、何度が自宅に帰ることができたが、
そのたびに娘ふたりのお弁当をつくっていたという。

立つこともできなくなったときでさえ、自宅に帰ると台所に立ち、
おにぎりをつくって娘に持たせた。
娘さんは、胸がいっぱいで、
そのおにぎりを食べることができなかったそう。


■アウシュビッツを訪問したときに聞いた話。

誰もが希望を失い、生きる意味を見出せない状況下の中でも、
そこから生き延びた人たちがいる。
生と死を分けたその違いは何か。

人は希望を持つと生きる力が出る。
でも、希望だけでは生きられない。

希望だけの人は、「もうすぐここから出られる」というデマが広がると、
それが叶えられなかったとき、希望が絶望に変わり自殺行為に走ってしまう。

アウシュビッツでは服は一枚しか与えられない。
絶望の淵にいる人々は、その服が汚れようが破れようが気にしない。
しかし中には、服の泥を落としたり、ヒゲや髪を整えたり、
そういうことをきちんとする人がいる。

希望を持ちながら日々の生活を丁寧にしている。
毎日の生活を大事にしている人が、生き延びたという。


■憎しみや困難は横において。

「アハメドくんのいのちのリレー」という絵本をだしたが、

これは本当にあったお話。


6年前に12才のパレスチナの少年がイスラエル兵に撃ち殺された。

ところがその後、兵士に殺された息子の臓器を、

敵国イスラエルの心筋症の子どもを救うためにその父親が差し出した。


その心境がどうしても理解できず、直接父親に会い聞いてみた。


「何十年間も憎しみ合ってきた民族同士で、

しかも大切な子どもの命を奪われ、なのにどうしてそれを

敵国の子どものために差し出すことができるのか」


すると彼は、さらりとこう答えた。

「海で溺れている人がいたら、泳げる人間は飛び込むだろう。

 その前に溺れている人に、国籍や宗教は何かなんて聞かないだろう」



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