そこには、収容所で歌ったとされる歌詞が記されていた。
当時、収容所では、空き缶を利用して「カンカラ三線」が作られた。
メモはその三線によって歌われた「敗戦の数え歌」だった。
「沖縄建設手ゆ取やい 行ちゃびらな」
(ともに手に手を取り合って、立派な沖縄を築きましょう)
と結ばれる歌詞。失意が渦巻く収容所生活に、
復興を誓う決意が響いた。
識者は「三味線と踊りには、沖縄の人たちを生き返らせる『力』が
秘められてる」と評する。
古来沖縄の床の間には、刀に非ずして三線が飾られてきた、
武器より楽器を! 軍事より芸術を!
三線を始めた私も、三線のルーツを知るとより心が入ってきました。
音楽、歌には、人の心にエネルギーを生み出していった歴史がある。
私もそのエネルギーを与えられるように進むだけである。
”太陽に向かって走る”