世阿弥の風姿花伝のなかに「花」と言う思想概念がある。
私は「粋」みたいな感覚で理解している。
能役者であり能作者の世阿弥は「花」としてもちいてる。
書の中には「花」を二種類に分けている
「時分の花」と「真の花」に
「時分の花」は若い時は必ず持っている。しかし やがて散る
「真の花」は これを求め精進すれば手に入れることができ 失う事はないと
まちがっても「時分」<「真」と理解しない方がいい。それと「時分の花」=若者とも理解しなくていい(年齢でない)
おそらく世阿弥はスタート時点では、誰もが時分の花で最強で威勢がよく粋であるが、
いずれは失せると言っている。しかし、その時 真の花を持っていれば
さしずめ花は咲くと理解する。最強の花でしょう。 自論です
これを太鼓でも仕事でもあてはめると、最初は楽しくて夢中になったり頑張れたりするが
慣れてくれば、手を抜いたり、目的を見失っていたり、求められているものさえも見えなくなりと
これじゃー「真の花」を掴むのは難しいな~って感じです。
でも、これを理解しとくだけでも勇気わくよね。
これが600年以上もまえに 考えてんだから、
人類成長してねえな(^O^)