風がなかったためか、昨日より暖かい一日でした。
10時頃からお餅つきをしました。
今日は姉の家のと、姪っ子の家のお餅をつきました。
姉の家は小さなお餅をそこかしこに置いているようで
毎年作ります。
明日は我が家のと娘の家のお餅と3件分の
お供え餅を作ります。
昼食はコロッケを作ったのを冷凍して置いたのを
揚げました。厚すぎて切ってみたら
火が通っていない部分がありレンジでチンして
大丈夫でした。
お取り寄せのエビチリを湯煎で温めて食べました。
しめ縄を途中まで編んで見ました。
中に入れる針金を朝出して置いたのに
何処に置いたのか探してもないので、
途中で止めました。
今朝の新聞から
詩人萩原朔太郎は酒が好きだった。
『宿酔の朝に』で二日酔いをのろった。
〈泥酔の翌朝に於けるしらじらしい悔恨は、
病んで舌をたれた犬のようで、魂の最も痛々しい
ところに嚙みついてくる。
夜に於いての恥かしいこと、醜態を極めたこと、
みさげはてること、野卑と愚劣との外の何物でもないような
記憶の再現は、砒毒のような激烈さで骨の髄まで
紫色に変色する・・・〉。詩人は、身に覚えのある者の胸を
えぐる言葉を紡ぐものである。
酔って狼藉を働いたことが事実であるなら、
その警察官は翌朝、どんな思いを巡らせたのだろう。
名古屋の円頓寺商店街の豊臣秀吉像の首部分が
8月に折られた事件に愛媛県警の警察官が関与した疑いが
強まり、器物損壊容疑で書類送検される方向という。
愛知に出張中の夜、強化プラスチック製の像の頭部を
両手でつかんで回し、首部分を折った疑いがある。
酒に酔っていたらしい。
警察官も時に酔っていいと思うが、器物損壊は一線を越えている。
本来なら酔っぱらいを保護する役回りの警察官が大虎になり、
事を起こしてしまったのか。残念である。
朔太郎は『宿酔の朝に』でこうもつづる。
〈ああ泥酔と悔恨と、悔恨と泥酔と。いかに悩ましき人生の
雨景を蹌踉することよ〉。泥酔と悔恨を繰り返し雨中を
ふらふらするのが人生だとしても、悔やんでも
悔やみ切れぬことはしないに限る。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
色々と切羽詰まって来ました、
出来ない事は出来ないので今年もしないと決め
目立つところだけ綺麗にします。
明日もいい日でありますように!
おやすみなさい。








