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ウクレレとギターです。

最近YouTubeでウクレレの初心者の基礎を

観てみました。 G7 Cコード F Amなど

本で見た時は分からなかったけど引きながら教えているので、

暇な時に又覗いてみます。

  

 

 
午前中は家事をしながらドジャース観戦して、
歯の違和感があるので歯医者へ電話したり、
主人の耳鼻科へ予約入れたり、その内に
友達から、姉からと電話が入り忙しく
昼食の支度も出来なくなり、ご飯は有るので
インスタント餃子を焼き、キャベツ炒め、漬物、
市販のミートボールだけで済ませました。
 

 

 
1ヵ月くらい前からエンジンをかけると
何か聞きなれない音声が聞こえて来て、
私は静かに聞いても聞きとれなくて
娘に運転して貰った時に「モード未設定です」と
言っているというのです。
 
ディーラーへ寄ろうとしたらお盆休みに入っていて
それからも定休日だったりで、なかなか
見て貰えず、1週間くらい前に寄ってみました。
 
いつも予約でディーラーへ行くとスタッフさんが
出て来て直ぐバックオーライしてくれるのです。
 
この日は事務所から男性スタッフが出て来たので
私の車の方へ来てくれたのかと思ったら、
知らんふりして違う方向をみていたので、
すみませんと呼んで来て貰い、娘が運転席から
音声の事情を話しても車に乗り込んで聞くでもなし、
外に立ったままでは聞き取れる筈もなく、
その内にかがんで聞きやっと何か喋っている事は
分ったらしいのですが、何かをする訳でもなく、
 
聞いた事ないです予約しても10月半ばでないと
出来ませんとか、修理となるとお金がかかりますとか
言い出して、そんな事を聞きに来たのではないので、
私は、はい分かりましたと言って娘にもう駄目だから
帰ろうと言って帰宅しました。
 
以前、担当していてくれた方はとても親切で
仕事の出来る方で支店長さんになられて
しまいましたが、お忙しい事は知りつつ、
昨日ディーラーへ電話をして支店長さんに
電話に出て頂き、以前と変わらずとても感じよく受けて頂いて、
話を詳しく聞いてくれました、そのような音声が
流れるのは聞いた事ないので明日の午後2時に来てくださいと、
いう事で今日、娘に運転して貰い行きました。
 
すぐ飛んで来てくれて運転席に乗ったり、
後部座席に乗って聞いてくれたりして、
お茶まで出して下さり、1時間くらいかかりましたが、
後部のドライブレコーダーのSDカードを
外して音声を調べてくれたようで、多分ドライブレコーダーが
原因だという事まで分かりました。
やはり「モード未設定です」と言っているようでした。
 
何のモードが未設定なのかメーカーに聞かないと
分からないので、そのメーカーへ電話しても繋がらないので、
今日はそのままで、分かったら電話をくれる事になり、
帰宅しました。
30秒おきに音声が流れて本当にストレスです。
それを10月半ばまで予約がいっぱいだからって、
困っていても見て貰えないディーラーだったら
もう車検も定期点検もどこかに変えようと思いました。
取り敢えず良かったです。
 
スーパーへわらび餅粉を買いに行ったけれど
売っていなかったので、片栗粉で代用出来る事が
ネットで分かりました。
 
片栗粉で作るのは初めてで、レンジで
簡単に出来ると言うのでやってみました。
加減が分らないので、ちょっと失敗でしたが、
黒蜜もレンジで作り美味しかったです。
今度はわらび餅粉を捜して作りたいです。

 

 

 

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今朝の新聞から

 

前衛芸術家の草間彌生さんは信州・松本の資産家の生まれ。

婿養子だった父は女性関係が派手で、母は気性か激しく

争いは絶えなかった。

 

草間さん本人は幼少期から幻覚がもたらす不安や恐怖に悩み、

幻覚を絵に表現することでそれを鎮め自殺せずに済んだというのに、

母が画家になることに反対した。

絵に没頭する娘に腹を立てて道具を蹴飛ばし、

資産家との縁談を盛んに勧めたという。

 

日本には両親があり、家があり、土地があり、

しがらみ、因習、偏見がある。

自分の芸術にはもっと自由で広大な世界が必要だと

28歳で渡米したと自伝で語っている。

 

草間さんが亡くなった。ニューヨークでは貧しく

鮮魚店の屑箱から魚の頭を拾いスープにして

飢えをしのいだそうだ。

 

網目が反復する有名な絵画シリーズ『無限の網』には、

自分の生命や思想も無限だという意味がある。

米国の街頭でベトナム反戦を訴え、裸の男女に水玉を描く

パフォーマンスにはまゆをひそめる人たちもいた。

本人は、性の抑圧が人間の本当の姿を曲げ、

戦争にも駆り立てるのだと考えたという。

幼い頃に絵に救われた芸術家は人間救済のために闘った。

 

「あと100年あっても作り切れないほどの

アイディアがある」と生前に語っていたが、

草間彌生美術館の運営財団によると、亡くなる直前まで

絵筆を手放さなかったという。

最後までその人らしく生きた。

 

 

お立ち寄り頂きありがとうございます。

素敵な週末をお過ごし下さい。

おやすみなさい。