午前中は窓から入って来る風が涼しく、どの部屋も
開けっ放しにして気持ちの良い日でした。
 
いつもの如く午前中は野球観戦、特別やる事もなく、
高校野球を応援する。
応援していた高校は2校とも1回戦で負けてしまい、
応援する高校があるわけではないのに、
観たくて一日中テレビを付けて家事の合間に応援、
負けているチームや、初めての出場校などを
特に応援していました。
 

 

今日も歯の調子が悪く全粥を炊き、

ツナ缶、シラス、オカカ、明太子、海苔等

嚙まなくてもいい物を食べました。

 
主人も何もしなくていいと言うので、鮭を焼き
インスタント味噌汁でお粥を食べる。
 
流石に栄養失調になってしまいそうなので、
夕方買い物に出掛け主人にお寿司を買って来ました。
 
私は食欲がないのでコーヒーゼリーを作りました。
いつもインスタントコーヒーで作るのですが、
インスタントは普段飲まないので粉が固まっていて、
使えなくなっていたので、毎日の珈琲を700cc
淹れて砂糖とイナアガーを入れるだけで簡単に
出来ました、この方がスタバのコーヒーなので
おいしいコーヒーぜりが出来ました。

 

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娘が一週間ぶりに東京から帰って来ました。
孫と東京ディズニーランド、シーに行き、
新宿、渋谷、原宿と3日間遊び、
後の2日間は学生時代の友達や社会人になってからの
友達と思う存分夜まで楽しんで来たようで、
帰ってからは荷物の整理で大忙し疲れてしまったようです。
明日ゆっくりお土産話をして貰います。
 
 
 
 
 
 

 

今朝の新聞から

 

その人は戦争を憎んでいた。

母と妹2人は東京大空襲で行方不明になり、

父親は米軍機の機銃掃射を受けて亡くなった。

戦争が、家族と幸せを奪っていった。

 

戦中、戦後を生き抜き、その人は終戦から11年後、結婚した。

結婚式の日に選んだのは12月8日と知って、驚く。

1941年のその日、太平洋戦争が始まっている。

 

戦争のむごさや当時の暮らしの厳しさを伝える『ガラスのうさぎ』

などの児童文学作家、高木敏子さんが亡くなった。94歳。

高木さんが「開戦日」を結婚という喜びの日に選んだのには、

こんな理由がある。

 

結婚して子どもができ、その子が大きくなったとき、

親の結婚記念日を尋ねることもあるだろう。

「そのときこそ、その日に開戦となった太平洋戦争の話をしてあげよう。

せめて自分の子供にだけは戦争体験をしっかり語り継いでいこう」。

その決意に夫も快く賛成した。

 

『ガラスのうさぎ』の執筆や、全国各地を回っての

講演活動は、自分の子どもに戦争を語り継ぐことの

延長線上にあったのだろう。より多くの人に、戦争の悲しさと

平和の尊さを伝えていく。それが高木さんの選んだ

戦争との対決の方法だった。

 

「大きなガラスのウサギの置物が、半分以上溶けて、

ぐにゃぐにゃになってころがっていた」。

(『ガラスのうさぎ』。大切な語り部を失った。

代わりに『ガラスのうさぎが』語り続けていく。

 

 

お立ち寄り頂きありがとうございます。

明日からは普通の生活に戻りますね。

長い休み明けで、お身体に気をつけて

お仕事頑張って下さい。

素敵な一日でありますように!

おやすみなさい。