小学生の頃の思い出で1番印象に残っている事は?

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親の仕事の都合で小学校時代3回転校しました。

2回目の学校は2年から5年生迄いて、

6年になる時に小学生では最後の転校をしました。

5年生当時は鉄道官舎からほぼ近い所に

学校が有り、夜勤の先生だったのでしょうか?

それとも夜まで仕事があって残っていたのでしょうか?

今になっては定かではないですが、

官舎の子どもたちが揃って学校へ遊びに行き

先生とよく遊んでいました、今思えばのどかな

時代でした。

ある時には学校帰りに先生がピアノを教えてくれて

何度か引いた事が有りました。

6年生になる時には転校先の鉄道官舎へ引っ越しも

済ませていて、汽車に乗って3駅くらい先の学校へ

少しの期間通いました。

 

ある時引っ越し先の官舎へ当時の先生が来て

母と色々話していて、別に気にしていなくて、

後で分かったのですが私と年の離れた長女が

その頃年頃を迎えていて、縁談を持ち込んで

来たようです。私は子供なので何も気にしていなかったのです。

縁談は姉には好きな人いてみのらなかったのですが、

どうして先生が姉を知って引っ越し先まで来たのが

ずっと不思議に思っていましたが、

聞きもしませんでした。

 

小学生の頃の思い出は弁論大会に選ばれて

恥かしがり屋の私は人前に出る事すら嫌だったので

辛かった想い出でした。上手く話せたのか、

そんなことも今ではすっかり忘れてしまいました。

 

 

 

 

 

今朝は夜中から降っていた雨も降り続けて

午後になり少し止みまた4時頃から降り出しました。

 

朝ドラを観て、あさイチをみて、ドジャース戦を

観ていて、何もしない内に半日が過ぎました。

 

昼食はご飯を炊いて酢飯にして稲荷ずしを

作り絹さやとワカメを入れて美味しい味噌汁になり、

卵を4個でだし巻卵を作り、それだけで終わりでした。

半分残り夕飯に主人が食べていました。

 

 

 

 

 

剥くとこれだけです。

 

シャトルシェフで茹でて美味しく茹で上がりました。

 
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 今朝の新聞から
 
エボラウィルスが引き起こす感染症
「エボラ出血熱」の名前は、アフリカのコンゴ(旧ザイール)の
エボラ川に由来する。1976年に死者が続出し
ウィルスが発見された国を流れるコンゴ川支流。
専門家らによるウィルスの命名論議は紛糾した。
 
患者が多く出た村の名から「ヤンブクウイルス」案が出たが、
村に気の毒と反対があり、浮上したのがエボラ。
ヤンブク村からそれほど近い川でもなかったそうだ。
 
エボラは現地の言葉で黒い川を意味した。
不吉なイメージは死者が相次ぐウィルスの名に
適すると考えられたと言う。
(山内一也著『エボラ出血熱とエマージングウィルス』)。
 
コンゴ東部で流行しているエボラ出血熱は
推定死者が既に130人を超えたという。
コンゴでは7 6年以降、流行が何度も起きたが、
今回は珍しい株のウィルスで有効なワクチンも
ないという。心配だ。
 
コンゴ東部はダイヤモンドや金などの鉱物が豊富で
奪い合う武装勢力が兼ねて乱立。
劣悪な治安や外部の人間に対する住民の不信が
医療の妨げになっていると聞く。
ウィルスの跋扈(ばっこ)を許しているのは
人間の欲でもあるらしい。
 
エボラウィルスの宿主はコウモリともいわれる。
太古の昔から森の中で宿主と共生していたが、
森林が伐採され、存在が近くなった人間に
感染することで凶器と化した。
「黒い川」の色はやはり私たち人間が染めたのだろう。
 
 
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明日も素敵な一日でありますように!
おやすみなさい。