朝から3時頃までどんよりした空でしたが
晴れて来ました。今にも雨が降りそうなので、
水やりを控えていたのですが降らないので、
お昼頃野菜だけに水撒きしました。
友達から電話が入り1時間くらいお喋りして
昼食の支度時間になりました。
急いで簡単な物ばかり作りました。
鮭よりポテトの味の方が勝っていましたが
美味しかったです。
ドジャース観戦しながら昼食でした。
今日は勝利でした。
長茄子1本ごま油でオカカ炒め
鮭とオクラ炒め煮
明日から娘と孫が東京へ行くので、
午前中は娘は美容室へ行ったので、午後から
ガソリンを入れて貰いながら買い物へ行きました。
私も元気ならば行きたい所ですが無理です。
暫くいないので寂しいです。
姉から何もお世話していないのに、お世話になってばかりで、
いつもありがとう、貴女は果物好きだからと言って
プレゼントしてくれました。
とても甘くておいしいです。
少し増えました。
今度は違う色を作ります。
今朝の新聞から
歌手美輪明宏さんは長崎で被爆した。
当時10歳。爆心から約3~4㌔の家から外に出ると
地獄絵図だった。
自伝『紫の履歴書』によると、全身が紫とも
赤ともつかぬ色の火ぶくれで、獣のような
声をあげている人がいた。
若い女性が塀のようなものの下敷きになった同性の
友達を助けようとするが、動かない。
下敷きの女性は口の端から血を流し、
目をつむりそうになって、「うちはよか。あんた逃げて」と言う。
助けようとする女性は「バカッ、何ば言うとね」と
引っ張り続けたが、火が迫り、身を案じた地域の
男性に無理やり連れて行かれたという。
美輪さんが語りを務めた公開中の映画
『長崎ー閃光の影でー』(松本准平監督)も80年前の
地獄を描いた。8月9日の原爆投下直後から救護に
あたった看護学生らの物語で日本赤十字社の
看護師たちの手記が原案。
映画では、看護もむなしく人々は息絶えた。
15日の終戦を迎え看護学生が「あと1週間はよ
負けとったらみんな生きとった」と語る場面があった。
原爆投下、戦争は避けられなかったのか。
不戦には何が必要なのか。考え続けることが
私たちの務めなのだろう。
10歳の美輪さんが目撃した、下敷きになった女性。
火が迫る中、自分を助けようとした友達が
連れて行かれると、安心したように目を閉じて
微笑しているように見えたという。
逝った人々の無念を改めて思う。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
明日も穏やかな日曜日になりますように!
おやすみなさい。













