お天気がいいので早めに家事を片付けて
近くの公園へ藤の花を見に出かけました。
途中まで車で行きノルディックポールを
片手だけ持ち散歩しながら見て来ました。
3種類のフジが満開でとても綺麗でした。
散歩から帰り今日も色々な種を蒔きました。
身体が大変でガーデニングはやめようと
思っていたのに季節が巡り陽気が良くなり、
やはりうずうずしてきて色々な花を育てたくなり
沢山の種類の種を蒔きました。
今日の花
木瓜の花、二度目が咲き始めいっぱい蕾が
ついています。
今朝の新聞から
1959年6月25日、後楽園球場での巨人ー阪神戦は、
昭和天皇と香淳皇后を迎えた展覧試合。
阪神の先発小山正明投手は大一番の前、
兵庫の父親から手紙が届いたと後に
経済新聞に明かしている。
「生涯おまえにありえないことだ。とにかく
目いっぱい頑張って陛下に認められるように」と
書かれていた。終戦時は11歳。
菊の御紋の特別列車を線路沿いで頭を下げて
見送った経験もあり、両陛下が見つめる
マウンドでは硬くなった。
七回途中までに4失点し降板。
救援の村山実投手から長嶋茂雄選手が
サヨナラ本塁打を放った試合は
野球人気拡大の契機となる。
小山さんが90歳で亡くなった。
阪神、東京(現ロッテ)などで歴代3位の
通算320勝を挙げた。阪神時代の62年は
27勝11敗で敢闘26、完封勝利13。
驚くべきスタミナである。
精密機械に例えられ「目を閉じて、10球続けて
ストライクが低めに決まる」という言い伝えもある
制球力は、入団当時にいた戦場帰りの怖い先輩たちの
おかげで得られた。
打撃練習の投手を任されていたが、ストライクが
入らないと怒られるので必死だった。
戦争と地続きの時代が育てた名投手である。
志半ばで戦死した野球人もいたことを忘れるなと
よく語っていたのも、野球ができる幸せを肌で
知るからだろう。
展覧試合で頂いた恩賜のたばこを父親に贈ると、
本当に喜ばれたという。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
穏やかな大型連休が続きますように!
おやすみなさい。























