朝から暖かで気持ちの良い一日でした。
ドジャース観戦しながらミルクパン作りと
昼食の支度をしながらで筍ご飯を炊きながら
焼き鳥を作っていてタレを計量カップで
調合していて味りん、醤油、砂糖と言いながら
入れていて間違って塩を入れてしまい、
ハッと気づき、焼き鳥に入れる前に
気が付いて良かったです
大匙2杯の塩を入れてしまったら、
焼き鳥も捨てるところでした。
もう何かをしながらは段々と難しくなって来て
情けなくなります。
ミルクパンは姉と兄に届けました。
昼食は先日姉に貰った筍とワラビを使い
鶏もも肉、ニンジン、揚げを
入れて炊き込みご飯にしました。
青シソをのせました。
頂き物の春キャベツやトマトがいっぱい有るので、
娘と一緒に兄、姉に持って行きお喋りして来て
帰宅は7時になってしまいました。
今朝の新聞から
約半世紀前、ボクシング世界王者ムハマド・アリさんと
プロレスラーのアントニオ猪木さんが東京で
闘った異種格闘技戦。
試合前、猪木さんに側近の新間寿さんが鉄板入りの
靴を差し出し「履いて下さい」と頼んだ。
アリ陣営は直前まであの技もこの技も禁止せよと要求し、
通らないなら帰国する姿勢も示した。
のまされた制約に憤る新間さんが知人の靴店に
細工させキックの破壊向上を図ったが、
猪木さんは「新間、もういいよ。あとは鍛えた技と
力で正々堂々とやる」と拒んだという。
ロマンを追求できる人なのだと新間さんが書き残している。
新間さんが亡くなった。今は亡き猪木さんを
看板とした新日本プロレスの運営に辣腕を振るった。
実現に奔走したアリさんとの試合は、猪木さんが
マットに寝てローキックを狙う退屈な展開の末に
引き分け「世界大凡戦」と酷評されたが、
記憶される歴史とはなった。
子どもに大人気だった初代タイガーマスク(佐山サトルさん)の
デビューを仕掛けたのも新間さん。この人がいなければ、
大衆の娯楽たるプロレスの歩みも変わっていた。
アリさんとの試合の準備で徹夜が続いた新間さんが
試合後、家の電話線を切って寝たら、猪木さんが
駆けつけたという。連絡がつかないので、
もしや試合に落胆し命を絶ったかと案じたそうだが、
今は笑い話だろう。
天上で再会しただろうか。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
明日も穏やかな一日でありますように!
おやすみなさい。








