今朝は柿とリンゴ、ヨーグルト、ハチミツの
スムージーにしました。
今朝は寒くもなく暑くもなく気持ちの良い
日差しが差し込み洗濯物を干してから、
庭仕事しました。
猛暑で赤と白のシャクナゲと赤色のエニシダが
枯れてしまい、先日婿に全部抜いて貰い、
庭がさっぱりしてジャングルだった庭の
地面が見えて来て毎日せっせと下草を
取り衣類の断捨離の様にときめかない
花は全部処分しました。
今日はリハビリ体操の日でしたが、
気分がのらないので今月は全部休もうと
連絡を入れました。
体調が悪く1カ月も何も出来なかったので、
やりたい事がいっぱい有り、又具合が悪くなると
困るので元気な内に頑張ろうと思います。
スイトピーとネモフィラの苗が育っているので
地植えにしようと地面をならし苦土石灰、
オルトラン、マグアンプKを撒き準備しました。
苗を植える前にスイトピーのネット張りの
準備もしなくてはなりません、忙しいです。
昼食は温かいご飯を炊き、舞茸の買い置きが
有ったので鶏もも肉とタマネギ、ほうれん草で
親子丼を作りました。
沢山出来てしまいました。
今朝の新聞から
私が酒とマージャンにうつつを抜かしていた、
というのはあながち間違ってはいない。
1996年12月にペルーでお起きた
日本大使公邸占拠事件で、現場の主だった
当時の青木盛久大使は4カ月間の人質生活を
そう振り返った。
数百人の客がいる行事を襲ったゲリラが
人質解放に応じた時期は交渉もした。
だが、日本人ら72人が残され事態が停滞すると
動かず、気楽に過ごそうとしたという。
切れるカードのない自分が交渉すれば、
相手に膝を屈し尊厳を保てなくなる。
交渉はペルー政府とゲリラを仲介する組織に
任せればいい。
大使たる自分が精神的に参るのはまずい。
当局に伝わり、時期尚早の強行策を招くかもしれぬー。
訃報に接した。部隊突入で解放された後の
会見で胸を張って語り、悠々とたばこを吸った。
「すみません」と言えばペルー政府に責任なしと
解釈されかねず、日本はテロに参らなかったと
世界に示すための振る舞いでもあったが、
傲岸不遜とみられた。
解決前、酔って別の人質に暴言を吐いていたなどと
バッシング報道が過熱し、本人が各メディアに出て
否定した。報道を通じ、自分たちはいつどこで
事件に遭うか分からぬのだと日本人が痛感した
出来事ではあった。
人質の仕事は元気で生き続けることだけだと
青木さんは語った。
世界に生きる同胞の命をどう守るか。
身をもって世に問うた外交官人生だった。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
明日もいい日でありますように。
おやすみなさい。










