やって良かった習い事
子どもの頃はソロバン
若い頃は洋裁
子どもが小さい頃は幼稚園、学校へ
行っている間に料理、お菓子作り、編み物を、
健康の為に自彊術も習いました。
特に機械編みが好きでした。
娘に模様入りのセーターを作ったのが
始めての作品で今も捨てないで
しまってあります。
縄網や模様編みが簡単に編めて楽しかったです。
手編みも同じ先生で習いましたが、
一通り覚えてから止めてしまいました。
孫が小さい時にはお揃いのセーターや
ベスト、小物を編んで楽しんでいましたが、
それも小学生迄でストップしています。
毛糸が山の様にあるので何か編みたいなと
編み機を出して見た事がありますが、
細機の編み機は目が細か過ぎてもう
間違うと直すのが大変で使えません。
編み機は3台眠っています。
太い糸で編む編み機はまだ編めそうですが、
目が悪いので明るい所でやると針が
チカチカ反射してとても大変です。
小物くらいなら編めそうなので、
寒くなってきたらやって見ようと思います。
今朝のお月様
日の出
家事を一通り済ませ水撒きしたり、
お化粧したりしていると、もう昼食の準備です。
今日は11時からドジャースの野球観戦しながら、
昼食の準備でした。
大谷翔平選手は昨日はホームラン3本
今日も1本凄いですね。
監督の嬉しそうな笑顔が印象的でした。
野菜の無人販売でむかごを売っていたので、
むかごとシメジ、揚げの混ぜご飯を
炊きました。
ほうれん草の胡麻和え、胡瓜の糠漬け、
小エビの衣つけ焼きでした。
混ぜご飯は沢山、出来たのでお向かいの
友達にほうれん草と糠漬けを添えて
差し入れしてとても喜ばれました。
姉にも1パック持って行きました。
姉はいつもの如く、おからの煮物と
主人にと、もつ煮込みを持たせてくれました。
明日の昼食用にします。
娘にお墓参りに行こうと電話したら、
美容室11時に予約してあるので
行けないと言う返事。
姉に電話したら行きたいと言うので、
13時頃家を出て暫く姉の家でお喋りしていて、
出かけるのが遅くなってしまい、
お参りが済んでからスーパーへ買い物に行き
帰宅が遅くなり暗くなるのが早いので、
家に着く頃は真っ暗になってしまいました。
怖くてスピードを落としてゆっくり
運転して来ました。
夜間は対向車のライトが眩しくて、
ついブレーキを踏んでしまいます。
今朝の新聞から
ひなびた漁村だった中国南部深圳を大都市に
育てたのは国の実力者だった鄧小平。
1980年ごろから深圳などに特区をつくり外資を
呼ぶ改革開放政策を進めた。
84年、鄧は深圳を視察。ビル屋上から建設ラッシュの
街を眺めた。中国共産党の地元支部の書記の
家を訪れると、1、2階の客間にそれぞれ
テレビとステレオが1台ずつある。
「今は何でもあるだろう」と鄧が聞くと
書記は「何でもあります。今のようなよい生活が
できるなんて夢にも思いませんでした」と
感謝したという(孫秀萍ほか訳『鄧小平伝
中国解放から香港返還まで』)。
成長の象徴・深圳で日本人学校の男児が登校中、
男に刺され死亡した。言葉がない。
詳細な動機は不明で予断は避けたいが、
6月にも中国の蘇州で日本人学校のバスを待つ母子らが
襲われた。中国のネット上では日本人学校を
「スパイを養成している」などと根拠なく
中傷する投稿が多いという。
歴史的経緯と政府の愛国教育で根強い反日感情。
先にスパイ罪で日本人駐在員が起訴された影響もあり、
中国赴任を嫌がる人が増えたとも聞く。
強権的になった感もある隣国は仕事が
しにくい地になりつつあるのか。
84年に深圳の姿を眺めた鄧は「見えた。はっきり見えた」と
言い発展に満足の意を示したという。日中関係のよき未来が
はっきり見えると言える楽観的な人は今、
少ないのだろう。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
明日もいい日でありますように!
おやすみなさい。














