10月に思うこと
10月は娘のお義母さんと私の誕生月です。
同年齢で誕生日が私の方が4日早いです。
お義母さんは一人暮らしで、
30分位離れた所に住んでいますが、
周りは農家の方が多く友達も沢山いて
私とは違ってとても社交的で元気です。
ご主人が62歳で脳溢血で倒れた時は60歳でした。
自宅介護が始まるので、運転免許を取り、
医者通いから、散歩の付き添いなど
して日々過ごし、段々元気になり、
歩くのは杖を突いて大変そうでしたが二人で、
九州から東京まで全国旅行して楽しんでいました。
免許取り立てで東名高速を突っ走って、
八王子までいったそうです。
私は半世紀以上運転しているのに、
若い頃は高速も走りましたが今はもう、
怖くて走れません。
お義母さんには脱帽です。
娘の家に友達に頂いた野菜を持って来てくれて、
孫に会うのを楽しみしていました。
リハビリなどを嫌い段々弱くなってしまい、
5年後に亡くなりました。
お義母さんはとても元気で友達と
旅行を楽しんでいます。
娘が誕生日が来ると今年も両方の
母が元気で嬉しいと言います。
お義母さんの誕生日会をしたいのだけれど、
みんなが揃う日が中々無くて11月初めに
予約したそうです。
孫達はその日を楽しみにしていて下孫が、
私におばあちゃんの誕生会はいつするのと
聞いて来たので、おばあちゃんはねと
言ったところで、娘がおばあちゃんは、
ママと二人だけで行くのというと、
ずるい一緒に行きたいと言っています。
毎年海の見えるホテルを予約してくれて、
二人で行っています。
10月になると今年も二人共
元気で良かったと思うのです。
これから先、いつまでこうして
元気でいられるかねと娘とよく話します。
きっと私の方が、お先に失礼と言って
いなくなりそうです。
大きい努力は大きい信用を生む
今朝の空
朝からコーンマヨパンを焼く為 ホームベーカリーに
仕込んだ後、大学芋を作りました。
油で揚げるのではなく、大さじ3~5の
オリーブオイルと砂糖、塩の上に
サツマイモを広げ蓋をして点火、
中火で暫く焼き音がして来たら、
弱火で10分位加熱して竹串が通ったら、
後は汁けがなくなるまで焦がさないように
煮詰める。
尖らした方が先がカリカリして
美味しいそうです。
ネットから。
その内にパンの発酵が終わり、
丸めてオーブン皿に並べハサミで十文字の
切り込みを入れて霧吹きをして35℃くらいで
50分位発酵して、ドリールをぬり、
マヨネーズとコーンを載せて、
190℃で10~15分焼き完成。
半分孫達に持って行きました。
3時頃から牛乳や果物などなくなって来たので、
買い物に行き暗くなる前に急いで
帰って来ました。
スーパーの入り口に飾ってありました。
飾り物のカボチャです。
酔芙蓉をベランダから撮りました
まだまだ咲きそうです。
夕方の空とお月様
まん丸のお月様とこの形のお月様が大好きです。
今日の新聞から
谷村新司さんが音楽のプロになる決意をしたのは
22歳になる年の旅が契機という。
アリス結成前、アマチュアバンドの一員として
誘われるままに参加した北中米演奏旅行。
バンド数組が無計画で海を渡る無謀な試みで、
安いモーテルや日系人の家に止まり、
各地の大学などで歌った。
メキシコでできた友は、一日1㌦相当しか
使えぬ貧乏旅行に同情してかパーティーに
招いてくれ、歌うと参加者を回り帽子にお金を
集めてくれた。
友情のために歌ったのだと受け取りを
辞退しようとしたが「歌への感謝」と
先方は言い張る。
言葉は違えど歌は伝わるー。帰国し
助けてくれた人たちに応えられるような歌を
歌いたい」と思ったという。
訃報に接した。代表曲『昴』などは中国など
アジア各国で愛された。
若き日の旅で受けた恩は返したと言うべきだろう。
1981年アリスの北京公演では客は人民服姿。
後に上海音楽院で教え、2010年の上海万博の
開会式で『昴』を熱唱した。
逝去の報に中国の交流サイト(SNS)に追悼の
書き込みがあふれた。
長きにわたって国境を越える旅を重ね、
歌い続けた尊さを思う。
訃報には国内の音楽仲間もコメントを発表した。
さだまさしさんのそれが心にしみた。
「いやいや、俺は信じない。何度か電話しても
出ないから、どっか旅にでも出たに決まってる」。
あるいは、そうなのかもしれない。
世界の人々に素晴らしい歌を歌い続け
聞かせて下さった谷村新司さんの
ご冥福をお祈り申し上げます。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
明日も素敵な一日でありますように!
おやすみなさい。













