優しさを感じたちょっとした事

 

 

 

 

 

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私の住む地域の各家の前の歩道に

市が植えた街路樹ハナミズキが

植わっていて 我が家の前は枯れて

しまい 市で根元から伐採してないので

水仙他の球根類を植えて楽しんでいます。

 

お向かいの友達は花は好きですが

あまり手入れが出来ないと言って

何も植えていない為草が生え放題

 そこで私の買い置きの花と頂き物の花が

植える場所もないので承諾を得て

植える事になりとても喜んでいました。

友達は昨日から風邪引きで

寝込んでしまったので、 我が家から土を

少しづつカートに載せて運び肥料を撒いて

植えました。

植えているところへ後ろから

こんにちは 綺麗になりますねと

女性の方の声かけがあり、

「あらどなたですか」と

振り返ると いえいえ通りかかりですが

綺麗にされているのでついお声がけ

してしまい、手を止めてしまいごめんなさいと、

花を愛する人は心の優しい人ですねと、

言われ ありがとうございます。

花が好きなんですよと応えると、

お疲れ様と言って ニコニコしながら

去って行かれました。

 

優しさを感じたちょっとした事でした。

 

わざわざ声掛けをして下さるような

方はきっと優しくて綺麗な花を

いっぱい咲かせている事でしょうと

想像しています。

 

イソトマとマリーゴールドを植えました。

 

 

 

 

 

忍耐とは希望をもつ技術である

 

今朝の空とお月様

 

 

 

 

 

 

 

 

 

採りたてです。

 

ヤングコーン頂き物

 

 

今日は姉がガーデニングの土や

肥料などを買いたいと言うので

ホームセンターへ行き、スーパーへ寄り

二人共クタクタに疲れました。

姉は80歳を過ぎると日毎に老化して行くのが

分ると言い、もう二度とない人生だから、

お迎えが来る迄は元気で長生きしたいと

言っていました。

私はまだ日毎は感じないけれど

年ごとに出来ない事が増えて行くのは

確かです。

私が80歳になる日が来るなんて

想像出来ない でももう数年で

やってきます 怖いよ~。

 

黒法師

 

 

 

今朝の新聞から

 

日本の無条件降伏を知らぬまま

戦地グアムの密林に潜み、1972年に

発見された元日本兵横井庄一さん。

洞穴に住み、植物の実などで餓えを

しのぐが潜伏中、密林内の別の場所に隠れていた

戦友二人が息絶えた。

 

動転し寝食も忘れたが、逝った友の

ためにも生きるのだと自分に言い聞かせた。

 

「二人のことを何としてでも遺族の方々に

お伝えしなければならない。

 

ここで自分が死んだら、今日まで苦労して

生きたことが無駄になる」。

著書から引いた。

 

コロンビアの密林に小型機が墜落し

行方不明になった先住民の13歳、9歳、4歳、1歳の

きょうだいが約40日ぶりに発見された。

 

ゲリラに脅され居住地を離れた父親に

会うため母親らと一緒に搭乗したが、

大人たちは死亡。外電によると、

母親は墜落後数日生き、息途絶える前に

子どもたちに「行きなさい」と

言ったらしい。

現場を離れ自分たちで生きよー。

 

子どもたちは、事故機に積んであった食糧や

密林の果実を食べたと伝わる。

 

先住民は密林に詳しく食べられる植物も分かり、

13歳の長女には知識があったとも。

逝った母を思い頑張ったのか。

 

横井さんの母親は息子生存の報に

接することなく他界した。

 

生前「庄一は死んどりゃせん」と言い続けて

いたという。

横井さんは母の執念が海を越えて自分に伝わり、

頑張らせたのかもしれないと書いた。

母の念とはつよいものだ。

 

 

お立ち寄り頂きありがとうございます。

明日もいい一日でありますように。

おやすみなさい。