繁昌の時に用心不幸せの時辛抱

 

 

 

 

今朝10時過ぎ主人とインフルエンザ予防接種に

出掛けました。

広い道路を走行中、目の前に突然何処から

来たのか車が、急ブレーキをいっぱいに

踏んでも相手は近づき、もう駄目だ、

正面衝突を覚悟しましたが、

危機一髪でぶつからずに止まったのですが、

相手は私に手でバックしろといい、

 

私も思わずバックしたのですが、

頭も下げずに左車線へ抜けて行きました。

 

私も後から思ったのですが、なぜ私がバック

しなくてはならなかったか、

相手がバックして左へ抜ければ

済む事なのに悔しさが収まりませんでしたが、

大事故にならなくて良かったと、

胸をなぜ降ろしました。

 

主人が言うのには、JAの車だったと

言うので、側にJAの駐車場が

あったので、そこから左折しようと

出て来て反対車線へ入ったのかなぁ~。

若い男性だったから、免許とりたてだったのかなと

色々と考えましたが、それにしても、

非常識にもほどがあると怒りが

おさまりませんでした。

 

下りて来て謝るとか、出来なかったのかと、

ドライブレコーダーをつけてあるので、

見て見たいと思いますが、見方もしらないので、

明日デーラーへ行って聞いて見ようかと思います。

 

午後からは娘と下孫を演劇練習に

行くため送り届け、ついでに上孫を最寄り駅まで

迎えに行くため時間があったので、

二人でお茶して時間を潰し、

何だか忙しなくゆっくり買い物も

出来ませんでした。

 

 

 

 

今朝は3個咲きました。

 

 

 

 

メジロが来ません。

ヒヨドリが全部持っていくようです。

 

 

 

 

 

 

今朝の新聞から

 

自動織機を発明した豊田佐吉の長男が喜一郎。

織機から自動車事業への進出を主導した、

トヨタ自動車の創業者である。

 

大正期以降、フォードなど米企業が

日本で車を生産するなか、国産車製造を志した。

佐吉の夢でもあったというが、

繊維機械で生きる会社には成功が怪しい

自動車進出への反対論が強かった。

 

急先鋒は番頭格の石田退三。

後には社長になり自動車に献身するが、

当時はこう嘆いた。

「三井、三菱でもやらぬ自動車をどうしてやるんですか。

佐吉翁の遺言は大切かも知れぬが、

発明狂は一代だけで十分でしょう。

喜一郎さんの自動車道楽はやめにした方がいい」。

 

喜一郎の孫にあたる豊田章男社長(66)が会長になり、

佐藤恒治執行役員(53)が社長になる人事を

トヨタ自動車が発表した。

約14年ぶりの社長交代という。

 

変革期の業界。各国企業が注力する電気自動車(EV)の開発で、

トヨタは遅れたとも指摘される。

インターネットと常時接続する車の開発が進み、

米IT大手アップルの参入も取りざたされる。

自動運転技術の開発競争も激しい。

難局に若い力をいかす狙いの人事という。

 

自動車創業の際の喜一郎の言葉が残る。

「我々のトヨタ丸は『廉価で優秀な車の製造』という

旗印を立てて、嵐の海に出帆するであります」。

 

海が荒れているのは昔から同じではないかと、

後進を励ましているようにも読める。

 

 

 

お立ち寄り頂きありがとうございます。

素敵な週末をお過ごしください。

おやすみなさい。