今年のお盆休み
お墓参りに行っただけで、
普段と変わらぬお盆を過ごしました。
今朝のお月様と日の出
今日は外出の予定もなく、
家事をしながらベランダの花、野菜の
水やりをする。
庭の水やりは完全武装しないと、
蚊に刺されるので苦手、主人が
やってくれると言うけれど、つまずいて
転んだりしたら大変なので頼まない。
一雨降ってくれないかなぁ~と言っていたら、
本当に降って来てビックリ!
ほんの一雨で又、驚きもう少し降って
くれなければ何の足しにもならない。
蒸しパン作りが続いて、飽きてきたので、
今日はぶどうパンを焼きました。
大きいのを焼くと食べ切れないので、
小さめのにしました。
ぶどうが少なかったのか表面に
出て来ません。
ホームベーカリーがもう旧式なので、
思うように焼けません。
最近のはきっと上手に焼けるのでしょうね。
新型が欲しくなりました。
でも、使えるのに勿体ない気もします。
昨日の茄子とイカの煮物、今日の
昼食の一品にしようと思ったのに、
昨夜は冷蔵庫に入れるのを
忘れて寝てしまい、傷んでしまいました。
急遽、何か作るのも面倒なので、有る物で、
我慢する事にしました。
シャウエッセンを炒め、頂き物で
おかずがない時に出番のシュウマイを
レンジで温めて、納豆、ゴーヤの佃煮、
焼き海苔、結構なご馳走になりました。
質素で高齢者には十分です。
今年の綿の実は大粒ですが
数が少ないようです。
パカッと割れるのが楽しみです。
唐辛子が大きくなって来ました。
今朝の新聞から
エミリー・ディキンソンは、19世紀を生きた
米国を代表する詩人の一人。
北東部ノニューイングランド地方の田舎に
生まれ育った女性である。
岩波文庫の『対訳ディキンソン詩集』(亀井俊介編)に
収められている詩の一編を、冒頭から途中まで記す。
「水は、のどの渇きが教えてくれる。/
陸地はーはるばる通ってきた海が。/
歓喜はー苦痛がー/平和はー戦いの物語がー/
愛は、形見の品がー」。
水の貴さは渇きの苦しみが、陸の価値は
渡って来た海が教えてくれる、といった意味であろう。
終戦から77年たった昨日、米国などを相手に
戦場に散った兵士の霊に水をささげる献水祭を、
ある神社で見た。
遺族らがひしゃくの水を兵の像にかけた。
ディキンソンが20世紀の戦争を予見した
わけでもなかろうが、補給も絶えた南方の
戦線の日本兵は渇きに苦しみ、「水、水」と
訴えて没した。
はるばる通ってきた海の向こうの故国を思い、
どれほど無念だったか。
広島、長崎の被爆者も水を求めて息絶えた。
毎年巡ってくる慰霊の暑い季節は先人の
「渇き」に思いをはせる日々でもある。
先の詩はこう続き、締めくくられる。
「小鳥は、雪が」。ニューイングランドの
冬は雪に覆われ鳥の姿は消えるが、
それが逆に鳥の存在感を伝えるという意味らしい。
見えなくなるといっそう尊く思えるのは
平和も同じ。決して手放すまい。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
今日も暑い一日でしたね。
何もやる気がしないので、
YouTubeを観たり、ビデオの撮りためて
あるのを一気に観たりと、
のんびり過ごしました。
明日も穏やかな一日でありますように。

















