最強で最高な一日になる
平凡な一日でした。
友達と10時予約で接骨院へ行きました。
二週間ぶりなので、身体が固くなっているねと
言われました。
体操サボっている事がバレバレです。
終わったら身体が軽くなった感じがしました。
花菖蒲が咲きました。
今朝の新聞から
1974(昭和49)年1月、田中角栄内閣の
福田赳夫蔵相は記者会見で物価高騰を
「狂乱状態」と表現。
狂乱物価という言葉が生まれた。
財政や経済に明るい福田氏は角栄氏の政敵。
前年11月に蔵相に就いた。
前任者が急死し、角栄氏に請われた。
74年夏には参院選が控えていた。
第一次石油危機が勃発し、物価高騰が悩みのたね。
角栄氏は福田氏の求めに応じ、
公共事業の大盤振る舞いなど自身の政策を
封印した。
そこまでして政権維持と参院選勝利に執着した。
今夏の参院選も、物価高騰対策が問われるのだろう。
立憲民主党は、無為無策だとして
岸田内閣への不信任決議案を提出した。
否決されても、選挙前にアピールできるとの思惑か。
首相は国会で「欧米諸国では物価高騰が
7~8%と言われる中で日本は2%台を
維持している。
対策の効果がある」と反論している。
日銀の黒田東彦総裁は、批判を招いた
「家計が値上げを受け入れている」という先の
講演での発言を撤回した。
選挙への影響も考えたのだろう。
74年の参院選で角栄氏の自民党は議席が
伸びず事実上、敗れた。
『田中政権・886日』(中野士郎著)によると、
角栄氏は選挙の演説で外国と比べれば日本の物価は
安定しており、文句を言う方が悪いと訴えたという。
自身の金脈問題が火を噴いて、退陣に至るのは
参院選の約5カ月後のことである。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
明日もいい一日でありますように。
おやすみなさい。














