石焼ビビンバ、サラダ、デザートです。
今朝のお月様と空
朝ケーキを焼きました。焼ける合間に
ルームランナーをしたのですが、
スピードが速い為か7分で汗をかき、
ギブアップ、主人がどのくらいで
やってると聞くので、3.2と言うと
それは疲れる訳だと、主人は1.8くらい
だそうで、そんなに遅かったら居眠り
しちゃうよ~。
ケーキお向かいさんがとても気に入って
くれたので、半分届けました。
我が家も半分で丁度いいので。
孫達はダイエット中なので、
要らないと言われています。
昼食は牛丼とサラダ
娘が頂き物を持って来てくれました。
孫達はスイカ、メロン、甘夏など
あまり食べないからと持ってくるので、
我が家も二人では食べ切れず、
友達に食べて貰います。
午後からお向かいのご主人を床屋さんへ送迎し、
3時から奥さんを近くの医者へ送り、
待っている間、ブログ訪問していて、
帰宅後スマホのない事に気付き、
車から降りていないし、落とす訳ないし、
何処を探してもなく、主人のスマホから
掛けても鳴らないし、お向かいの
奥さんにプレゼントした手さげが、
お揃いで、後部座席に二つ掛けて置いたので
無意識に入れ間違えたのではと聞きに行くと、
その通りでした。
毎日一つは探し物していて、
ほんと自分に呆れています。
夕食の支度も全くメニューが浮かばなくて、
主人のだけなので、娘に事情を話したら、
娘もまだ決まっていないと言うことで、
主人はレトルトカレーでいいと言うので、
それで済ませました。
そんなボケた事をして一日過ぎました。
今朝の新聞から
孫文は、1911年に起き、清朝が倒れた辛亥革命を
主導した。
この革命を中国共産党は、49年の中華人民共和国誕生に
至る社会変革の始まりと位置付け、
習近平国家主席は「党は孫文の忠実な継承者」と語る。
孫文がかつて率いた国民党は中華人民共和国が
できると台湾に逃れ、中華民国を名乗るが、
孫文は「国父」である。
大陸でも台湾でも称えられる人と縁のある
場所でおととい、岸田文雄首相が、
バイデン米大統領をもてなした。
日本庭園や料亭がある東京・白金台の八芳園。
孫文は日本に亡命していたころ、経済人の
支援で園内の居室に身を寄せた。
不測の事態に備え、隠し戸から地下トンネルに
通じる「孫文の抜け穴」もあった。
接待の場に選んだのは、日米にとって
中国や台湾の問題が重要だからか。
首脳会談後の記者会見でバイデン氏は
中国が台湾に侵攻したら米国は軍事介入するかと
記者に問われ、「イエス」と答えた。
台湾独立容認に転じてはいないようだが、
中国が「力の行使」をしないようくぎを刺した形。
岸田首相も会談で防衛費増額の決意を示した。
同盟の抑止力強化である。
孫文は1920年代、帝国主義的な西洋に対抗すべく、
日中の連携を唱えた。
約100年で勢力図も変ったものだが、
連携が不要というわけでもなかろう。
かの抜け穴のように秘密裏でなくていいが、
対話の回路も大事にしたい。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
明日も穏やかな一日でありますように。
おやすみなさい。












