竹下通りに行ったことある?

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竹下通りに行ったことある?
孫達が小さい時よく行きました。
必ずクレープを買いました。
 
 
 
今朝初めて一桁の室温になりました。
ガスストーブを背にエアコンをつけて、
部屋が温まらないと動き出せません。
 
何もしたくなくても食事の支度は
しなくてはなりません。
 
昼食はヒレカツとシュウマイを揚げました。
 
風が冷たくて一歩も外に出たくないので、
何もしないで、午後から
娘の家へ頂き物の野菜があるというので、
貰って来ました。
 
ピーマン、エンドウ、青シソ、
新玉ねぎ他
 
 
 
 
 
 
 
百合が12本咲き出しました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今夜のお月様
 
 
今夜は満月「スタージェンムーン」
 
 
 
 
今朝の新聞から
 
〈その次の日の午後、病院の小使がはいって来て、
 
「ネリというご婦人のおかたがたずねて
おいでになりました。」〉ー。
 
宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』。
ブドリがかつて生き別れた妹と再開を果たす場面である。
〈ブドリは夢ではないかと思いましたら(略)
おかみさんのような人が、おずおずと入って来ました。
それはまるで変ってはいましたが、あの森の中から
だれかにつれて行かれたネリだったのです。
 
そんな再会の場面をつくってさしあげたかった。
北朝鮮による拉致被害者、田口八重子さんの兄で
被害者家族会前代表の飯塚繁雄さんが亡くなった。83歳。
 
「あんちゃん」。田口さんは飯塚さんをそう呼んで
慕っていたそうだ。7人きょうだいの末娘だった
田口さんを17歳離れた飯塚さんは幼い時から
大切にしていた。
1978年、その妹が22歳の時拉致される。
 
父親代わりだった「あんちゃん」は
どれほど眠れぬ夜を過ごしたか。
 
田口さんが拉致され、日本に残された
田口さんの息子さんは当時1歳。
 
飯塚さんは自分のお子さんとして育てた。
飯塚さんが奪われたのは妹であり、
大切な息子の母親でもある。
「母と子を必ず会わせる」。
 
その思いで活動に取り組んでいた。無念であろう。
拉致から残酷な時が流れる。
被害者家族も高齢になる。
解決のを見つけたい。
ネリはまだ森の中にいる。
 
 
お立ち寄り頂きありがとうございます。
明日も平和な一日でありますように。
おやすみなさい。