今朝も冷えました、お天気は良いのですが、
風が強くさむかったです、ゴミステーションに歩いて
行く途中で風に飛ばされそうで、
引き返そうと思うくらいでした。
ちょっとステーションが遠くなってしまったので、
普段は車で行くようにしたのですが、
今日は少なかったので、運動を兼ねてと
思い歩いて行ったのが間違いでした。
部屋に飛び込み、暫くストーブから
離れられなくなりました。
午後から体操教室なので、早めに昼食の
支度にかかり、シンプルなタケノコご飯を
炊きました、炊飯器の料理本は
筍だけで作っていましたが、それでは
物足りないので、アゲを細かく刻んで
入れました、先ずは酒、みりん、しょうゆを
それぞれ大匙一杯で汁がなくなるまで、
味を浸みこませて、少ないので直ぐ
汁はなくなります。
炊飯器に調味料入れてお米の量の
水の高さにして炊き上げます。
本の調味料は薄味のような感じが
したので、自分流に多めに入れましたが、
まだ、薄味でした。
濃い味より、身体にはいいと言う事に
しました。
おかずはほうれん草の胡麻和え、
エンドウとワカメの味噌汁、はんぺん焼きなどです。
三つ葉の葉を添えました。
午後から体操教室へ行きました。
換気のために網戸にしてあり、
体がなかなか温まりませんでした。
一週間に一度なので、無駄にならないように
しっかり頑張って来ました。
体を動かすことは、とても気持ちの良いものです。
2004年の頃の本です。
「物忘れ」自覚は大丈夫?
忘れたことを、なかなか思い出せない。
日常生活では思い出せるはずのことが
思い出せない悔しさをしばしば経験する。
テレビを見ていて、ある俳優の名前が
思い出せない。
散歩をしていて、あそこに咲いている花の名前、
目の前を走っている車の車種。
思い出せないと悔しくて、ずっとその思いを
引きずり後になって、ふと思い出した時はうれしい。
そうだ、あの俳優は「木村拓哉」だった。
あの花の名前は「アネモネ」だった。
痴ほうは軽い物忘れから始まる。
痴ほうの始まりは物忘れから、と言われると、
初老期にさしかかった人は不安になる。
50歳を超えた多くの人の日常は「ど忘れ」の
連続だからである。
50歳を超えると、固有名詞を思い出せないと
いう人が多い。「えーと、あの人」「あの時の人よ」
「そら、何て言ったけ」。聞かれている方も
状況は分かるが、固有名詞が浮かんでこない。
「そうそうあの人、えーと、何とかという大学の
先生だよね、語尾がはっきりしなかった人、
やせて貧相な感じの人ね」
お互い名詞がなくても会話ができて、
もどかしさを共有する。
私は痴ほうの疑いのある患者さんに診断の
初めに「きょうは何月何日ですか?」と尋ねた。
患者さんは分からない。患者さんは私に聞き返す。
「先生、きょうは何日ですか?」
私は突然の逆襲に戸惑った。
私はきょうが何月何日であったのか、
しばらく思い出せなかった。
私に痴ほうの初期症状が出現しているかというと、
そうではない、自分が「忘れたことを想い出せない」と
自覚してしている人は心配しなくていい。
「忘れていることを分かっている」人は
痴ほうではない。
このような事はこの年になると、
日常茶飯事である、老年学の先生が
こう仰るのであれば、みなさん
このような経験をされているということが
分かり一安心しました。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
明日もいい一日でありますように!
おやすみなさい!














