貧乏ではなかったんですが、転校してから自分の意思で新聞配達を中学卒業までやりました。私は地元の新聞
ではなく、スポーツ新聞や日本経済新聞、後は薄くて軽い宗教関係の新聞を配達しました。地元の新聞を配るより、給料は良かったです、集金もやっていたので、最高で18000円ぐらいになりました。5時におき40分ぐらいで終えました。5時に起きてたんで、9時過ぎには寝ました、だからそれ以降のテレビ番組の話題についていけなかったのを思いだしました。
母は新聞配達を自分の意思でするのが凄く嬉しかったみたいで、その月の給料と同じ額のおこずかいを毎月くれました、父や祖母からもお年玉や誕生日に必ず1万円をもらってました。貯金はしてなく机の奥に仕舞いました。中学1年の秋に数えたところ46万円ありました。次の日新聞配達を終えた後、その日は学校をさぼり20キロ離れた大きい町に、財布には8万円入れて目的を決めず、まだ薄暗い道を自転車走らせました。すごく高揚感
があった事を覚えてます。
7時頃にバイキング形式のモーニングを初めて食べ感動する。その後映画館に行きました、何を見ようか迷ったんですが、機動警察パトレイバーにしました。パトレイバーは聞いた事があるぐらいでしたが、ガンダムが好きなので、同じ様な感じだと思って映画館に入りました、朝一の上映で客は私一人でした、アニメなので子供向けに
作ってるもんだと思ってましたが、専門用語が多く意味が分からないセリフもありましたが、まあまあおもしろかったんで、もう1回続けて観ました。2回目はさらに面白くみれました。今まで20回以上観たとおもいます。
完成度が高いし、今の世相を表してる大好きな映画です。
ここまで大満足、お金もたくさんある、次は家電量販店行きました。CDラジカセは入学祝いと誕生日のセットで
家にあったので、新聞配達しながら聞けるウォ-クマンを買いました。15000円ぐらいたぶん買いました。
次は洋服屋に行き、BOBSONのジーンズ トレーナー1枚 ダウンジャケット合計20000円使いました。
このトレーナーはペラペラになりましたが、今でも時々着たりします。帰りはadidasのスニーカー6000円をかいました。いままでの人生でもここまで買い物や食事にハズレがないのは思い出せません。
後日また中学時代の事を書きます。
