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今年の冬、寒くてホットカーペットを生活の行動の起点にしていたら、頚椎ヘルニアを再発させてしまいました。

ここ2ヶ月運動禁止ですえーんえーんえーん

いつも体を動かして「スッキリしあわせ~きらきらきら」という生活サイクルだったので、運動できないのは結構厳しいです。

歩く姿勢や座る姿勢に気をくばっていたら、経過は「奇跡的に順調」だそうです。

もっと早く回復させたくて、治療のときに色々質問した私に、治療師さんは「大丈夫です。色々すると悪化します。治りかけたかさぶたを剥がすのと一緒です。だから安心して放っておきましょう」と、ひとこと言いました。

 


ある日、お風呂に入りながら「これからどんな風にしたいかなぁ。そうだ!妄想しよう!」と思いついたのですが、改善点や目標は出るのに、細かく妄想できない。ざっくりは「こうがいいな〜」とは出るけれど、細かく想像・妄想できない。言い表せない。

ちょっと焦る感覚が出てきました。

「そうそう、私って詳細を思い描くこと苦手なんだよね....」と、あの時だって...と自分を責めるような、何年もやってきたような流れに続きそうになりました


「あ‼️」

せっかく大好きなお風呂に入って気持ちいいのに、焦る気持ちで台無しになる!と思った瞬間に、このことばを思い出しました。

安心して放っておきましょう

そう思った途端、とっても安心して楽になりました。




以前の私は、仕事や自分磨きに忙しくて “何が好きで何が嫌いか”に気づくこともできませんでした。今は気づいた上で「こうなるといいな」と思うことは出来ます。けれど、詳細の想像や妄想は苦手です。


つまり現状はこういう事です。

・以前の私は自分の感情に気づけなかった=疲れすぎていてそこまで感じることができなかった

・今は感情を感じることができる

・「こうなるといいな」という願望がでてくる

・願望の詳細を妄想するのが苦手だ


これらは、私が感じることなので、私にとっての現状で事実です。

願望が出てきたから「いい」とか「悪い」とかでなく、ただの事実です


“ただの事実の部分に関しては”、それで十分なのです。だから安心して放っておきましょう。

 


安心しませんか?

“ただの事実の部分に関して“ああしたい、こうしたい、という願望が出てきたら、それは自分のしたいようにすればいいんです。(それはまた別のお話です。)


好きな人がいないとか、誰も恋愛感情を持てないとか、家から出たく無いとか、親に希望通りに愛されなかった(と感じている)とか、彼や彼女に大切にされてなかった(と感じている)とか。

自分がそう感じているんですよね。自分にとっての事実ですよね。

わかりました。

そこから何かを発生させることはありません。自分を責めなくて大丈夫です。



安心して放っておきましょう。