ネガティブだけど、前向きに。。。。。
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維新の会

船中八策 今度は坂本龍馬ですね
なかなか ぶち上げたもんだな~と 言うのが 第一の感想ですかね。でも 悪い気はしませんでした。政治理念として別に問題ないとおもいます。自民党がなぜ憲法改正しないかんから実現無謀とかいいだすのか理解できないですね 憲法改正を唱えてたのはどこのどちらさまでしたっけ?9条は変えても 参議院廃止はできないとでもいうのでしょうか?自分の保身しか考えてないから、自分達の過去の発言を忘れてしまうのでしょうか?彼らには信念や理念というものがないのでしょうか?年金についても人気がほしいなら 掛け捨てなんか言わないほうがよいに決まっている だけど あえてだしてきた 偉いなっと思います。今のままでは持たないのは事実ですそれを人気がおちないように嘘で塗り固めてる 民主党 自民党にはできない芸当でしょう。これは 彼の戦略の一つなのかもしれません。市長選のときもあえて 人気がおちるとおもわれる 教育基本条例案をだしてきました。彼のやりかたとして 初めに吹っかけておいて 後で話し合いをしてある程度修正をして成立させている。これを今回もやってきたのかなって感じています。
しかし 不安はあります 地方選で通じましたが 国政で通じるのかどうか?潰されるのではないか?かなり 批判もでてますし マスコミも目の敵で否定しています。
私個人として 橋下さんは
日本では なかなかお目にかかれない政治家だと思います。日本の社会では彼のような感じの人間は出る杭はうたれて潰されてきました。マスコミなどに発言で揚げ足をとられたり 生意気だとまわりからつぶされてきました。しかし 彼が今支持されているのは それだけ 日本が酷い状態にあるからだとおもいます。このままではほんとに潰れてしまう。景気もあがらず増税だけをとなえる民主党企業は海外にどんどん逃げていく、就職はなく 働くより生活保護のほうが多いから働かない状態、なんの対策も立てれず借金だけが増えていく。子供はうまれない うんでも子供を預ける保育所がない。この状態がいいわけがないのはみんなわかっている。だけど政治家やマスコミ 学者やテレビにでてくるインテリはただ 反対しかしない 反対だけしてどうかえたらいいか対案をださない 実現不可能な理想論ばかりとなえる。その状態のなかで府知事時代での彼の評価が今の支持をささえてるのだと思う。彼はやる男だと口だけではないと少なくとも私はそう感じています。今の緊急事態の状態では 三国志での劉備型ではなく 新しいルールを創った曹操のような男が必要なのではないかと 彼にはその 今の時代にあった 新しいルール作りに期待したいと思っております

民主主義は多数決の原理です

朝まで生テレビで橋下市長とハシズム反対の人達の話しをみていました
見ていて思ったのがただ反対しているだけで具体的にどうしたらよいか それについての対案がない。
そおいうものが決まらない事に嫌気がさした 大阪府民 市民が今を変える為に橋下市長に投票して彼を勝たしたのに 彼の政策の一部を切り取ってそこだけを批判して 批判だけをして具体的にどうかえたらいいか聞かれても答えられずただ あげ足とりに終止している ほんとに見ててあきれました
そして彼ら反対派に共通している事が民主主義 民主主義といいながら民主主義の否定をしていることです。彼らは一部のインテリや先生 組合などの少数派の意見や考え方だけを引き合いにだして彼を批判しますマイノリティの意見も大事ですが民主主義とは多数決の原理です 圧倒的に多くの人々が今がだめだと思い橋下市長を誕生させました彼ら反対派は肩書のある学者や知名度の高い医者などの話しをひきあいにだしてきますがそれは一部のいけんです
彼ら反対派は名もない一般市民、府民のを意志を尊重すべきです。
小数のインテリが多数の人々を押しのけて政策を決めればそれは民主主義ではなく寡頭政治です。
小数の意見も大事ですが
小数の意見を取り入れながらも多数の民意に目を向けるべきです。
彼ら反対派の人達は少数のインテリ層の意見ばか聞くのではなく多くの一般の人々の意見も聞いてもらいたいものです。

ダブル選挙

大阪市 大阪府のダブル選挙がありました。
橋下さんが勝つとは思っていましたが ここまで圧倒的に勝つとは思っていませんでした。
私は選挙をみてて平松さんが劉備に 橋下さんが曹操になんとなくあてはめてみてました。
平時には劉備が人気ですが厳しいときには曹操のような男が必要なのかもしれません
今、中国では曹操が再評価されてます。時代の変革期には彼のような人が必要だということでしょう。
大阪もそれだけ厳しいということでしょう
橋下さんには がんばってもらいたいです。

原発

今原発の問題で欧州の影響もあり脱原発の世論がつよくなってますね。どっかの作家さんの影響もあるのでしょうか?大阪の橋本知事は節電要請をけりました。
福島の事故が静岡のお茶にまで影響がでてしまう。これほど危険きわまりないものは、 無くしたほうがいいなと気持ちとしてはありますが はたして無くせるか?というと 悩まざるえませんね。

原発のある地域はそれで飯をくって生活している原発に依存していきているという事実もある。社員だけではありません。そこに品物をおろしてたり、社員食堂などに参入している会社もあるでしょう。原発のおかげで経済がうるおっているところもある 原発の技術で飯をくっている企業もある。なので人によっては10年後の健康より明日食うためのほうが大事だというひともいるでしょう
それを無くすとなるとかなりの抵抗がよそうされます。私も、もしそこにすんでて原発関係の仕事をしていたとしたら やはり 仕事がなくなって生活ができなくなるほうがいやだと考えると思います。伊丹空港なんかさんざんうるさい あぶないとかいわれて騒音対策にすごい金をかけていました。
でも じゃあ無くしましょうかという話がでたとたん 反対の嵐です。なんだかんだいってもそれをあてにしてる人達が多いのです。
日本は資本主義国である以上これを無視することもできないでしょう。
こまったものです。景気もあがらず少子化、年金問題生活保護の受給率の問題、お先まっくらですね。
しかし 日本という国は原爆をおとされ 原発事故と原子力に縁のある国なんだと思ってしまいます。そのわりには世界より原子力についての認識があまいというかなんというか。情報もうそだらけで今頃ほんとのこといいだしてる。ばかにしてるな~と感じざるえないです。こまったもんです

国旗

教師の国旗にたいしての起立の条例 それについての罰則の規定
橋本知事が大阪維新の会の勝利により 強気に推進しています。
教師側やそちらを擁護する弁護士などは、思想信条の自由に反すると主張します。逆に橋本知事側は公務員だからまもらないといけないと主張しています。さて どちらが正しいのでしょうか?
私の意見は、行政府の人間たる公務員が立法府の決めたことを無視すれば 三権分立が崩れ 国民主権もくずれるしいては民主主義をも崩れるので行政は立法府の決めたことはまもらなければならないという考えです。三権分立とは権力が一つに集中するのをさけるための仕組みです 国民主権とは国民を縛ることができる決まり(法律、条例)をつくることができるのは国民自身でなければならないという考えです。司法
行政 立法、三権は分立しています。国民主権の観点上国民をしばる法律を造れるのは国民のみである、日本は間接民主制ですですので選挙で選ばれた議員が決めたきまりが国民が決めたこととイコールになります。代議士という言葉はだてではなくわれわれ国民の代わりだということです先生、先生とまつりあげられる存在ではありません。行政府というのは選挙で選ばれた人達ではありません 試験にうかった人間というだけです。この人達が思想信条を主張して国民のつくった法律や住民のつくった条例を無視すればどうなるでしょう?行政府の中には教師もいますが防衛省の人間もいます。防衛省の人たちがある日、我々には思想信条の自由があるといい 原子力空母や原子力潜水艦を保有し核武装をして世界になめられない強い国にならなばならないといいだして法律を無視して国民を強制的に徴兵しすきかってやりだしたらどうなるでしょう?明治憲法時代に逆もどりです。そういった 暴走をおさえるための三権分立であり国民主権だということを忘れてはいけません。細かいことだと思うかもしれませんがそれを都合よく解釈してしまうとあとあと行政に権力が集中してしまいとりかえしのつかないことになるのではと思っています。

情報

津波がおきてから4時間でメルトダウンが起きていた。
今頃こんな 話がでてくる
。情報というものがいかにいい加減なものであるかこれでもよくわかると思います。

世界のメディアは当初からすでにメルトダウンしてると報道していて日本ではそれを風評被害として過剰反応としてあつかっておりました。
しかし メルトダウンが起きていたのはあたりまえだと常識であるという具合なことを今になって平気な顔していいだす。

私は津波後 政府やメディアが原発について大丈夫だといってるのみて 薬害エイズ訴訟やB型肝炎訴訟が頭をよぎりました。その当時は安全だといっていたが安全ではなかった。

今回も風評被害やパニックをさけるために情報をだしてないのではないか?という疑問がありました。

しかし これは メディアや我々自身にも問題があるのかな?とおもう一面もあるやばいですといえば 不安をあおりすぎだという批判をあびるでしょうし 野菜なども売れなくなる メルトダウンしてるなんかいえば 大変だったかもしれない。
たが やっぱり情報は正しくなかった 海外のほうがまだ正しかった

これはやはり事実なわけで政府の信用というものがさらになくなったのはしょうがないことでしょう

日本という国は昔から情報をださいないところがあるのかな?と思う。明治維新以来 情報を隠そう隠そうとしてきてる それは政府が国民というものを認めていないばかにしている証拠ではないか?民主主義の根幹部分である国民参加とうものが本質的に根づいていないのかなと思うときがある。
なんか考えすぎかもしれませんが 情報いうものがいかにあいまいで 発信者の影響をうけやすく、時間や立場で意味がかわってくる非常にこわいものだと思ってしまいました。

国民

私は大村益次郎という人がすきでこの人が生きていればもっとましな軍隊になってたのではないか?と思ったりするときがあります。ラストサムライではかなり悪く描かれていましたが

明治維新というのは 不思議で武士が武士の世をおわらした しかもよくわからないままに 終わらされていた。フランス革命のように民衆が立ち上がり貴族の特権を奪い 王を断頭台に送ったのとはちょとちがう。
黒船来航により外国排斥という攘夷をとなえて外国にいいようにされている幕府を倒して攘夷をするというアイデンティティが倒幕してみれば ちょんまげをやめ洋服をきて一生懸命西洋になろうとする政権がうまれたわけです しかも 武士の身分も特権も奪われた。ある意味欺かれた感があったでしょう。そういったものの矛盾と不満はいずれ蓄積され爆発する。長州に関しては革命軍の匂いがありましたがそれも武士につくられた感がつよく 寄兵隊をつくった高杉晋作じたいが百姓をばかにしてた感じがありました。
薩摩に関しては完全に武士が主役でした
大村は暗殺される前からそれを見越していたようです。乱は西からおきると想定してそれにたいする準備をする矢先にころされました。徴兵制をしいた国民軍の創設をしそれが結局百姓をばかにしていた武士を西南戦争で一掃してしまうわけです。
西南戦争後実権をにぎった大久保利通も殺され その後を山県ありともが後をつぎます。かれは四民平等や一君万民といった平等思想をかなぐり捨てて貴族院をつくり華族という特権階級をうみだし。警察機能を高圧的なものにして 自由な意見や民権運動などを弾圧し専制的な国権のつよい国家をめざしていきます。軍隊を天皇の軍隊と位置ずけたのも彼です。天皇の私兵という印象をつけてしまいました。それがのちの満州事変の軍部の暴走につながっていく。こうみると明治維新というのは一部の知識そうに引きずられておこなわれたものだったのかな?と思わざるえない この当時の民衆が国民としての意識があったのかどうか?と思ってしまう。
そういったものがいまの我々にも影響しているのではないかとおもう時がある政治家を選ぶのは国民ですですので選んだ政治家が決めたことは国民が決めたことになります。お上が勝手にやってるからわしらには責任ないとかいうのは江戸時代の百姓や商人と同じです国民じゃありません。
一人一人が国を担っているそれそれが自分の意見をもち責任を持つのが国民です。その判断や意見をもつために国は無償で教育を提供しているわけです。
どうも いまの人たちは政治と自分とは関係ないと思ってるのかな?って感じるときがあります。
国民というのはそれだけしんどいのです 権利や自由が保障されるかわりに責任もあるのです。
まあ 私自身えらそうな事はいえませんが ちょと思いついたので書いてみました。

本当の豊かな生活?

こうゆう災害のあと 欲望の追究がまねいた結果とか豊かさとはなんなのか?という話になる いい服をきてしっかりメイクをして 強い光をあてて見栄えを気にしながら 私たちは考えなければならないみたいな事を真顔でゆう。
民主党のゴア元副大統領のようにしか見えないです。彼は温暖化のことを必死にうったえて 本もだし活動してましたが やってる事は月に何十万も電気をつかいパーティーなどを繰り返していた。ただの人気とりのための方便 まったくのパフォーマンスでした。そういう事にまったくの後ろめたさも罪悪感も感じない。。人間というのはそんな一面をもっています。
なんか大きなことをもっともらしくいうより 私は家でこんな事やってますとかこんな努力をしているとか実際に何かをやっている人のほうがよっぽど偉いとおもいます。
生活を昔にもどすといってもどこまで戻せばいいのでしょう? 原子力をなくして 車をなくして 自転車のればいいのでしょうか?
自転車つくるにも鉄などを生産しないといけないそれを運ぶ運送手段もいる車はいるわけです。採掘する重機もいります。じゃあ原始時代の生活までもどせばいいのでしょうか?もどせば確実に殺しあいがおきます 60億の人口は養えません。
進歩することにおいて 人は増えていきました
徒歩から馬 車 電車 飛行機 移動距離の短縮により輸送の長距離化を可能にしたことにより今の生活があります。これを否定すれば救援物質も遅れず重機による撤去作業もできません。そしてそんな重機を作ってる所がありそれを仕事としている人達がある すべてはつながっています。これだけをやめたらうまくいくというのは幻想です。
よくもわるくも 前に進むしかない。昔がよかったみたいなことをいう人がいるが昔にもどすことはできませんしやってもうまくいかないです。経済がおちれば選択肢の幅がせまくなります。なかなかなりたい仕事につけない 仕事がない これはやはり 一番きついことではないのかと思う。今の生活よりおちるけどよりいい生活とかいってる人は余裕のある人間だけです。仕事がなく 派遣やバイトの低収入で先の見えない生活をして働くより生活保護うけたほうがもらえる額がおおいから 働かないようにしているこんな状態がいい人間生活なのか?とおもう。まずは先に希望が持てるようなビジョンがほしいものです。焼肉屋などの食中毒事件 デフレの招いた低価格競争の結果ではないのかとおもう ほかもどうなのかわからない。人間貧すれば鈍する怖いものです

血液型

最近 血液型についてやたらと過剰反応をしめしているような気がします。

血液型なんか科学的根拠がない ただの差別的な感じでテレビでも自粛ぎみになってる

何故血液型だけそんな 目くじらたてられるのでしょうか?

キリスト教信じてる人に科学的根拠ないからだめだなんて言わないでしょう

朝の番組の星座占いをしんじてる人もいるでしょうし科学的根拠がないと信じてはいけないって決まりはないでしょう。別にその人の勝手なんじゃないでしょうかね

血液型差別だといっているくせに舌の根も乾かないうちにアメリカ人はどうだとか 日本人はどうだとか で公務員は駄目だとか 大阪人はなんだとか言う そこは差別にならないのか?と呆れてしまう。日本人みんな同じじゃないですし、公務員全部が同じでもないです。

私自身血液型は自分のメンタル面にけっこう役立ってます。

適当なこといわれてムッとしてしまう時にこの人 なになに型だからって思うと許せたりします この人頑固だな~ ああ 何型か~と思えば気持ちが楽になります。
感情のコントロールの一つの手段としてつかってます
そんなもんでいいんじゃないんでしょうか?

昨日思ったこと

昨日テレビで命の食べ方という放送を見ました。

やっぱり 命を奪うというのは きついものですね。

生き物を扱ってるのにすごい無機質な感じがしました。
画面でみるのもそれなりにショッキングですが実際みるのはもっと衝撃的です。
坊さんになろうと本気で考えましたから、60億の人間を養うにはこういうふうにならざるえないのでしょう。
それを知らないのがやっぱりダメなんだと思いました。
知らない事が罪なような気がします。

話はかわりますが なんでみんなあんなに増税に前向きなんでしょうかね?
デフレで不景気でこんな状態なのに 私の感覚なら不景気に増税なんて感覚はないんですけどね。
なんだかんだいいながら、みんなお金に余裕があるってことなんでしょうか?
こんなデフレなんだから インフレターゲティングやってもいいような気もしないでもないんですけど、
まあ、いろいろあるのかもしれないですね

郵政の株を市場に流せばよくなるかもしれないけどそれやったら、郵政会社は大々的にリストラしないといけなくなるんじゃないかとおもいますね。

さてさて どうなるんでしょうか?

なんとも歯痒いですね。
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