二番手という生き方 | south coast diaries

二番手という生き方

きみはいつもそこそこいいところにいるが、一番ということがない。と父から言われる。


確かにそうだ。もっともだ。返す言葉もない。客観的事実を述べているのである。


親子、笑う。仕方なく。おかしくて。


でも、別にわざとそうなわけではないのよね。


いつも壊れそうなぐらい精一杯頑張ってるけど、そういう結果になるの。そういう程度の能力なの。

それがわかってて諦めてるわけでもなくて、いつでも向上心はあるんだけど、そういうひとなの。


これが33年生きてて見えてくる人生模様なんだから、あたしは一生こうなのだろうと思う。


でもそれも悪い采配でもないじゃないか。


これからも、一番手をこれからもめざす二番手ということで。

だからって自分であることを嫌いになる必要もない。

能力も頑張りも三流、なんていう生き方よりはまったくいい。


一番上は叩かれるから、少しは力を抑えて、二番手でいくのがいいなどと器用な処世術を操って

生きているという見栄をはるつもりもないさ。


人間らしくていいじゃないの。


あたしは立派な人間になってみせるなんて思ったことはない。


結果は知らん、自分のベストで生きるのみ。