大人のアドヴァイス | south coast diaries

大人のアドヴァイス

父親の新しい本が出ると言ってたのだけれどなんとなく

タイトルを聞き忘れてしまったので、また電話・メールで聞けばいいのだけれども

もしかしてグーグルすればいいのかしらん?

などと思ったのでグーグルしたところ結局わからなかったけども

こんな記事につきあたった。


http://www.amakiblog.com/archives/2009/05/23/


父親についていいことを書かれるというのは嬉しいことだと思った。


実は傍から見ていると本省を離れて教授として勤め始めてから退官するまで、

ある意味苦境に立たされて父親は随分と変わった。


立派だはとは思っていたけれども若い頃の父親はこわいばかりで、

あまり理解されていないと思っていたので私は彼とは随分と衝突したし

ある時点で家を飛び出して今はアメリカで生活をしてるところを見ると

そのあたりは事実に違いないのだけれども

今ではたまにそれが本当だとは思えないような、そういう感じがする。


特に、彼は人間をとても大切にし始めたと思う。


「自分にとって大したことでなくても、それが相手にとってとても

大きな、こちらには知りえない意味を持つときがあるのだから、

ちょっとしたことでもできることはやってあげることがあるなら、

今度はあとでそのひとにとって大したことでなくても

自分にとって大きな意味を持つことをしてくれることが多いのだよ。

パパはこういうことは50歳過ぎてからそれがわかってきた。

きみは今からそういう風に人付き合いをしていくといい。」


だからこの方のエントリを読むにつけ、今の父親らしいな、と思う。

多分父親が「ありがとう」ということなんてなんでもないことなのだろうし

自然だったのだろうけれど、それがこのひとにとってこれだけの意味が

実際にあったようで。


それが誰だったのかはもう忘れたけれども、小さい頃、私に

「おじさんはもっと若い頃に勉強すればよかったなあ、と思うよ。

R.ちゃんはちゃんと勉強するんだよ」などという大人が何人かいた。


その口ぶりが、あまりにも本当に残念そうであったので

大人になる過程でいつでもずっと心に残っていたのだけれども、

それはよく聞いてよかったことのひとつだと思う。


心底悔やんでいようが心底よかったと思ったことがあろうが、

大事におもうこどもたちに大人があるトーンで話すことがある。

偽りなく、損得勘定なく、説教するでもなく、ただ、自分について語る。


そういう時の大人は、近道を教えてくれている。