下準備とテニュアクロック
文学研究でも人によってさまざまな文章を書く作業があると思うのですが、
私は結構自分のスタイルというのがある。
文学批評とか理論の場合はそうでもないんだけれども、
文学作品について書く場合は、書き出す前にノートをとらないといけなくて
それがかなり時間がかかります。
文学批評は単なる同業者の分析っていうか、参考書みたいなものだから
結構ノートなんてどうでもいいっていうか、「お、ナイス」と思った場所を
線引いとくぐらいでいいみたいなところがあるんだけど、
文学作品自体は別格。文字道理、芸術だからね。
「こういうことについて書こう」というアイディア自体はあって、
そのアイディアに使えそうなディテイルを全部把握しながら
作品の全体像をつかむ作業というか。
これが分析をするデータとりなので作業なので欠かせない。
とりあえず最初から最後まで隅々まで精読して気になることを全部書き出す。
一章ごとに吟味してどう作られているのかひとつひとつ見る。
文章のつくりかた、言葉の選び方、パターンなんかを見てるので、
大事だと思われるテーマに関する文章はタイプアウトもする。
しらべものも結構徹底的にする。
たとえば船の名前がNiobeだったらギリシャ神話とか。
たとえばRue de FleurusとかRue de l'Odeonとかいわれたらパリの地図みるとか
たとえばQuincesとかRambutanとか知らない果物の名前があったらいちいち辞書ひくとか。
もちろんこの過程で「お、これは!」ときづく事柄は多いし、
惚れ惚れとするような文章(が書ける人の作品しか研究しない)を鑑賞したりもしてるし、
新しいアイディアが生まれることもあるし、それなりに楽しいこともある。
けど私の場合は専門が詩ではなく小説とかナラティヴフィクションが多いので、
数百ページとかだし、結構かかるんですよね、、
本にもよりますが、毎日やったとして、1週間ぐらいかな。
かなりフラフラになります。あとやたらおやつを食べます。
ノートはどうだろう、30ページから50ページかなあ。
それが全部とれてからプリントアウトしてにらめっこをするというか、
それが終わってようやく、ペーパーのブレーンストーミングにかかるという。
そして、書くのはその最初のデータとりよりもはるかに時間がかかる。
だから新しい作品についてはエンジンかかるのがすごく遅いんですよね。
(この作業はじめたらこれぐらいの仕事量)っていうのはもうわかってて、
それも1日2日じゃないとわかってるから。
これもうちょっと要領よくやらないとだめかも、とかも思うのよね。
院生時代はある程度好きなだけ時間を費やせてたんだけど、
いかんせんテニュアクロックというものがあって。
子供を生むとかそういう普通の人のバイオロジカルクロック?がちょっと壊れてるんだとも思う。
いや、壊れてるっていうかテニュアクロックはなんか爆弾付いてますっていうかさ。
そのとなりでバイオロジカルクロックはかわいらしくてメルヘン、みたいな。
こっちのクロックは時間内に終わらなかったらアポカリプス。みたいな。
バイオロジカルクロックのほうはさ、「あ、時間きちゃったの?なんかちょっと残念?」ぐらい、多分。
あーこういうの怒られそう、誰かに。
もっとチャッチャカすっとばすとこはすっとばしていけるようにしないとだめかなあ。
院生時代も思ったんだけど完壁主義って結構命取りだったりするし。
とはいってもクオリティー高いものはそれだけ時間かかるんだと思うのよ。